一つのウイルスが流行すると、ほかが減る?
流行の波をずらす「ウイルス干渉」という現象
感染症の流行を見ていると、不思議な入れ替わりに気づくことがあります。
あるウイルスが一気に増えた時期には、別のウイルスが少なくなる。先の流行が落ち着いたころに、今度は別のウイルスが増えてくる。
どれも同じように、鼻やのどから感染するウイルスです。それなら、なぜ全部が同時に大流行しないのでしょうか。
その理由の一つとして考えられているのが、ウイルス干渉です。
ウイルス干渉とは、先に感染したウイルスが体内の環境を変えることで、後から来た別のウイルスが感染・増殖しにくくなる現象です。これが多くの人に重なると、地域全体では流行の山がずれたり、一方の流行中に他方が少なく見えたりすることがあります(※1)。
ただし、「一つが流行すれば、ほかは消える」という意味ではありません。
正確には、先に来たウイルスが、後から来るウイルスにとって一時的に不利な舞台を作ることがあるのです。
ウイルス同士が、直接けんかをしているのではありません
「ウイルス干渉」と聞くと、二つのウイルスが細胞の中で場所を奪い合い、強い方が弱い方を追い出しているように思えるかもしれません。
しかし、呼吸器ウイルスの干渉で中心的な役割を果たすのは、ウイルス同士の攻撃ではありません。
主役は、私たちの鼻や気管支を覆う上皮細胞です。
ウイルスは、自分だけでは増えることができません。上皮細胞の中に入り、その細胞が持つ材料や仕組みを借りて、自分の設計図をコピーします。つまり、ウイルスにとって上皮細胞は「増殖工場」のような場所です。
最初のウイルスが工場に入り込むと、細胞はウイルス由来の遺伝情報を感知します。そして、インターフェロン(interferon:IFN)という警報物質を周囲へ放出します(※1)。
警報を受け取った近くの細胞では、多くの防御遺伝子が動き始めます。ウイルスの遺伝情報をコピーしにくくする。ウイルスのたんぱく質を作りにくくする。増えたウイルスが次の細胞へ広がりにくくする。
たとえるなら、近所の工場に一斉に緊急警報が届き、ウイルスに悪用されやすい生産ラインが警戒運転へ切り替わるようなものです。
そこへ別のウイルスが到着しても、いつもどおりには工場を動かせません。
面白いのは、最初のウイルスに対する警報が、必ずしもそのウイルスだけを狙ったものではないことです。抗体のような「相手を見分けた専用の防御」ができる前から、細胞は広くウイルスに対抗できる状態へ切り替わります。
この一時的で幅広い防御が、種類の違うウイルス同士の干渉を起こします。
「先に来た方が勝つ」ほど単純でもありません
では、どのウイルスでも先に感染すれば、次のウイルスを抑えられるのでしょうか。
そうではありません。
干渉が起こるかどうかは、主に次の組み合わせで変わります。
- 先に来たウイルスが、どれだけ早く強い警報を出させるか
- 後から来たウイルスが、その警報にどれだけ弱いか
- 二つの感染の間に、どれくらい時間があるか
- それぞれのウイルスが、鼻や気管支のどこで増えようとするか
ウイルスの中には、インターフェロンの警報を素早く鳴らすものがあります。反対に、警報が出るのを遅らせたり、細胞が警報を受け取る仕組みを邪魔したりするのが得意なウイルスもあります。
そのため、「ウイルスAがウイルスBを抑えた」という関係が見つかっても、感染の順番を逆にすれば同じ結果になるとは限りません。
ウイルス干渉は、単純な強さ比べではありません。
先行ウイルスの種類、後続ウイルスの種類、感染の順番、時間差。これらの組み合わせで結果が変わる、時間依存の現象です。
本当に、別のウイルスが減るのでしょうか
ウイルス干渉は、理論だけの話ではありません。
ヒトの気道上皮を使った実験では、ヒトライノウイルスが先に感染すると、その後に加えられたインフルエンザA型ウイルスや新型コロナウイルスの増殖が抑えられました。インターフェロンにつながる反応を遮ると後続ウイルスの増殖が戻るため、宿主側の防御反応が干渉を起こしていることが示されています(※2、※3)。
さらに、長期間の検査データを調べた研究では、ある呼吸器ウイルスが多い時期に、別のウイルスとの同時検出が予想より少なくなったり、流行の山が重なりにくくなったりする組み合わせが見つかっています(※2、※4)。
細胞で起きている小さな現象が、地域の流行曲線にまで現れる可能性があるのです。
一人の鼻の中の出来事が、どうして地域の流行を動かすのか
一人ひとりの体で起こるウイルス干渉は、完全な防御ではありません。効果が続く期間も限られています。
それでも、あるウイルスが地域で広がると、多くの人の気道が同じ時期に「警戒状態」になります。
すると、次のウイルスから見れば、感染して増えやすい人の割合が一時的に少なくなります。感染の連鎖が途中で途切れる場面が増え、流行の立ち上がりが遅れたり、流行の山が低くなったりします。
先のウイルスが落ち着き、気道の警戒状態も元へ戻ると、それまで広がりにくかったウイルスが増え始めることがあります。
このようにして、地域では複数のウイルスが「順番に流行している」ように見えるのです。
ウイルス干渉の何が興味深いのか
私たちは、インフルエンザ、RSウイルス、ヒトライノウイルス、新型コロナウイルスなどを、それぞれ別の感染症として考えます。
しかし、同じ気道を使うウイルスたちは、互いに無関係ではありません。
先に来たウイルスは、宿主の細胞を変えます。変えられた細胞は、次のウイルスの増え方を変えます。その小さな変化が多くの人に重なると、地域の流行時期まで変わる可能性があります。
つまり、呼吸器の中には、一つひとつのウイルスを単独で見ているだけでは分からない「感染症の生態系」があります。
ウイルス干渉で興味深いのは、今流行しているウイルスが、次に何が流行しやすいかまで変えているかもしれないという点です。
まとめ
ウイルス干渉とは、先に感染したウイルスが宿主の防御反応を動かし、後から来た別のウイルスを一時的に増えにくくする現象です。
それが地域の多くの人に重なると、あるウイルスの流行中に別のウイルスが少なくなり、流行の山がずれて見えることがあります。
覚えておきたいのは、「ウイルスAがウイルスBを追い払った」ではなく、「ウイルスAが先に細胞の警報を鳴らしたため、ウイルスBにとってタイミングが悪くなった」ということです。
流行は、ウイルスごとに独立して起きているわけではありません。
私たちの気道という同じ舞台で、ウイルスの種類、感染の順番、時間差、そして体の防御反応が影響し合いながら、次の流行の形を作っています。
参考文献
- Piret J, Boivin G. Viral Interference between Respiratory Viruses. Emerging Infectious Diseases. 2022. PMID: 35075991
- Wu A, et al. Interference between rhinovirus and influenza A virus. The Lancet Microbe. 2020. PMID: 33103132
- Dee K, et al. Human Rhinovirus Infection Blocks SARS-CoV-2 Replication Within the Respiratory Epithelium. The Journal of Infectious Diseases. 2021. PMID: 33754149
- Nickbakhsh S, et al. Virus-virus interactions impact the population dynamics of influenza and the common cold. Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America. 2019. PMID: 31843887


