コラムcolumn
病気の話

BCGはなぜ「はんこ注射」なの? — 結核と日本のワクチンの歴史 —

赤ちゃんの予防接種で、他の注射とは明らかに違う見た目のものがひとつあります。腕に「ポン、ポン」とスタンプのように押す、あの注射。BCGです。

「なんでこんな変わった打ち方なの?」「あのハンコみたいな跡は一生残るの?」と疑問に思われる方も多いのではないでしょうか。

実はこの接種方法、60年以上前にひとりの日本人研究者が考案したもので、日本だけで使われている独自の方法です。今回は、BCGがなぜ「はんこ注射」になったのか、そもそも何の病気を防ぐものなのかを、歴史を追いながらお話しします。

そもそもBCGは何を防ぐワクチン?

BCGは結核を予防するワクチンですが、「結核のすべてを防ぐ」わけではありません。ここは大事なポイントなので、はっきり整理します。

BCGの最大の目的は、乳幼児の結核性髄膜炎(脳を包む膜の結核)と粟粒結核(全身に結核が広がる重症型)の予防です。これら血液の流れに乗って全身に広がるタイプの重症結核に対しては、64〜78%の予防効果が報告されています(Colditz GA, et al. JAMA 1994; 厚労省BCG Q&A)。

一方、大人がかかる一般的な肺結核に対するBCGの予防効果は限定的で、研究によって0〜80%と大きなばらつきがあります。つまり、BCGは「大人の肺結核を防ぐワクチン」ではなく、「乳幼児の重症結核を防ぐワクチン」です。

効果は一生続くわけではない

BCGの予防効果は一般に10〜15年で減弱するとされています(BCGワクチン添付文書; 厚労省BCG Q&A)。つまり、乳児期に接種した効果は思春期にはかなり薄れており、成人になってからの結核予防はBCGに頼ることができません。大人の結核予防は、定期的な健康診断による早期発見と、感染者への適切な治療が柱になります。

逆に言えば、BCGが最も力を発揮するのは接種後の数年間——つまり、免疫が未熟で結核にかかると重症化しやすい乳幼児期そのものです。「乳幼児期の重症結核を防ぐ」という一点に的を絞ったワクチンと考えてください。

結核ってどんな病気?

結核は結核菌という細菌が主に肺に住みつく感染症で、咳やくしゃみで人からうつります(空気感染)。

「結核って昔の病気でしょ?」と思うかもしれません。たしかに、明治から昭和20年代まで結核は日本人の死因第1位で、「国民病」「亡国病」と呼ばれていました。正岡子規、石川啄木、樋口一葉、瀧廉太郎……教科書に出てくる多くの人が、結核で命を落としています。

戦後、抗生物質(ストレプトマイシン)の普及やBCGの接種、生活水準の向上により患者は劇的に減りました。そして2021年、日本はようやくWHOの基準で「結核の低蔓延国」の仲間入りを果たしました(厚生労働省「2021年 結核登録者情報調査年報」)。人口10万人あたりの患者が10人未満になったのです。2024年時点でも罹患率8.1で低蔓延を維持しています(厚生労働省「2024年 結核登録者情報調査年報」)。ちなみに米国がこの水準に達したのは1970年代後半ですから、約40年遅れての到達です。

子どもの結核はどれくらいあるの?

2024年の統計では、14歳以下の結核患者は全国でわずか30人でした(厚生労働省「2024年 結核登録者情報調査年報」)。日本全体の1億2000万人の中で30人ですから、お子さんが結核にかかる確率はきわめて低いと言えます。専門家は「小児結核の根絶が間近に迫っている」と評価しています(国立健康危機管理研究機構 IASR Vol.46 No.541)。

ただし、数は少なくても重症になる子はいます。2023年には、0歳・1歳・3歳のお子さんに結核性髄膜炎(脳を包む膜の結核)が発生しています(厚生労働省「2023年 結核登録者情報調査年報」)。乳幼児は免疫が未熟で、結核にかかると一気に全身に広がりやすいのです。BCGはまさにこの「乳幼児の重い結核」を防ぐことを最大の目的としています。

結核は「どこにでも均等にある」わけではない

結核患者の分布には大きな地域差があります。2024年の統計では、47都道府県のうち41が低蔓延の水準を達成していますが、大阪府(罹患率12.8)などいまだに基準を超える地域もあります。最も少ない山形県(4.1)との差は約3倍です(厚生労働省「2024年 結核登録者情報調査年報」)。

都市部、特に社会経済的に厳しい環境に住む方が多い地域や、結核の多い国からの在留者が集中する地域に患者が偏っています。愛知県も歴史的に罹患率が高めの県のひとつです。つまり結核は「どこにいても同じリスク」ではなく、お住まいの地域によって身近さが変わる感染症です。

BCGの歴史と「はんこ注射」の誕生 — 朽木五郎作の管針

BCGという名前は「Bacille de Calmette et Guérin(カルメットとゲランの菌)」の頭文字で、フランス・パスツール研究所の2人の研究者が牛の結核菌を13年間かけて弱毒化したものです。1921年にパリで初めて新生児に投与され、1924年には志賀潔が日本に持ち帰りました。日本で使われている「Tokyo 172」株は1965年にWHOの国際参照品に指定されています。

さて、BCGはなぜあんな独特の打ち方なのでしょうか。BCGの接種方法は100年の間に変遷してきました。初期の皮内接種法は免疫をしっかりつけられる反面、局所反応が強く、大きな瘢痕が残ることが問題でした。

1961年、朽木五郎作(くちき ごろさく)という研究者が、直径約2cmの円の中に9本の短い針を植え付けた「管針(かんしん)」を考案しました。この管針を使って、ワクチン液を塗った腕にポンと2回押しつける——これが「はんこ注射」の正体です。

管針法の利点は、針が皮膚のごく浅い部分にだけワクチンを届けるため、注射器による皮内接種より局所反応が穏やかで、跡も小さくて済むことです。1967年に日本は全国的にこの方法に切り替え、以来60年近くにわたって使い続けています。

世界で日本だけの方法 — なぜ広まらなかったのか

WHOは現在、注射器による皮内接種を推奨しており、世界のほとんどの国がその方法を採用しています。管針による経皮接種を行っているのは、実質的に日本だけです。

「効果が同じなら、なぜ世界に広まらなかったの?」——理由はコストです。管針は1人1本の使い捨て器具で、使用するワクチンも皮内用の100倍以上の高濃度が必要です。注射器1本で済む皮内接種に比べると、どうしても経費がかさみます。結核患者が多い国の多くはアフリカや東南アジアの経済的に厳しい地域であり、管針法を導入する余裕がなかったのです(戸井田一郎, 結核 2011; 86(6))。

「じゃあ日本のやり方は遅れているの?」と心配になるかもしれませんが、そうではありません。南アフリカで行われた大規模な比較試験で、管針法は皮内接種と同等の予防効果と安全性を持つことが証明されています(Hawkridge A, et al. BMJ 2008)。

むしろ管針法には、皮内接種より局所反応が軽い、手技の標準化がしやすいという利点があります。実際に南アフリカでは管針法から皮内接種に切り替えた際、接種担当者が手技の難しさに困惑し、局所の副反応が増えたとの報告もあります。日本はコストを負担できる経済力があり、60年の実績と安全性データの蓄積もあることから、あえて変更する理由がないのです。朽木五郎作が考案した管針は、いまも日本の赤ちゃんを守り続けています。

接種後の正常な経過 — こうなれば大丈夫

BCGを接種した後の腕の変化は、他のワクチンと少し違って見えるので心配される方が多いです。正常な経過を知っておくと安心です。

時期

腕の様子

接種直後

針の跡が赤く見える程度。すぐに目立たなくなる

10日〜2週間後

針の跡がぽつぽつと赤くなってくる

4週間頃

赤みが最も強くなり、小さな膿が出ることもある(これが正常な反応です)

3か月頃

かさぶたになり、自然に治って小さな跡が残る

 

この反応はBCGによって免疫がついた証拠です。包帯やばんそうこうで覆わず、清潔にしておくだけで大丈夫です。膿が出ても自然に治りますので、無理にいじらないでください。

「コッホ現象」を知っておこう

通常、接種後の反応は10日〜2週間後から出てきます。ところが、ごくまれに接種から数日以内(1〜7日)に急に赤く腫れたり膿んだりすることがあります。これを「コッホ現象」と呼びます。

コッホ現象は、赤ちゃんがBCG接種の前にすでに結核菌に感染していた場合に起こる免疫反応です。つまり「もう結核の免疫ができている体に、さらにBCGを入れた」ために反応が早く出るのです。

コッホ現象かも?と思ったら

救急車を呼ぶような緊急性はありません。ただし、接種から3日〜1週間以内に針の跡が明らかに赤くなったり、腫れたり、膿んだりしていたら、接種を受けた医療機関に連絡してください。

結核の感染の有無を調べる検査(ツベルクリン反応検査やIGRA検査など)を行い、必要に応じて治療します。局所の反応そのものは自然に治まるので、清潔にするだけで大丈夫です。

なお、結核に感染していなくても似たような早期反応が出ることがあります(「コッホ現象類似反応」といいます)。検査をして類似反応とわかれば、それ以上の対応は不要です。

BCG接種のポイントまとめ

項目

内容

いつ?

生後5〜8か月が標準(1歳の誕生日の前日まで接種可能)

どこに?

左腕の外側(ほぼ真ん中あたり)

なぜ左腕が多い?

法令上の左右指定はなし。慣例的に左腕が多い(下記で解説)

何を防ぐ?

乳幼児の重い結核(結核性髄膜炎・粟粒結核)の予防がメインターゲット

効果は?

乳幼児の重症結核(結核性髄膜炎・粟粒結核)に64〜78%の予防効果。成人の肺結核への効果は限定的

効果の持続は?

10〜15年で減弱。終生免疫ではない

跡は残る?

小さな丸い跡が残るが、年齢とともに薄くなる。完全には消えないこともある

 

BCGはなぜ左腕に打つの?

BCGの接種をご案内すると「左腕でなければだめですか?」と聞かれることがあります。結論から言うと、実は左右どちらの腕でもかまいません。

法令(予防接種実施規則 第16条)で定められているのは「上腕外側のほぼ中央部」という部位だけで、左右の指定はありません。肩に近い部分はケロイドができやすいため接種できませんが、右腕か左腕かは決められていないのです。

実際の現場では慣例的に左腕に接種することが多く、東京都のBCG接種マニュアルでも「左右どちらでも可。一般的には利き腕の反対側(通常左)」と記載されています。

つまり「左腕でなければならない」というのは誤解です。怪我や湿疹があれば右腕に接種しても全く問題ありません。同じ日に他のワクチンを打った腕とは反対側に打つようにしています。

おわりに

BCGが「はんこ注射」という独特の形になった背景には、「子どもの腕に、なるべく負担をかけずに、でもしっかり免疫をつけたい」という先人たちの工夫の積み重ねがあります。朽木五郎作が1961年に考案した管針は、60年以上経った今も日本の標準的な接種方法として使われ続けています。

結核は過去の病気のように感じるかもしれませんが、2024年でも日本全体で年間1万人以上の新しい患者が出ており(新登録患者数10,051人)、ゼロにはなっていません。お子さんが結核にかかる可能性はきわめて低いですが、万一かかった場合の重症化リスクは乳幼児ほど高くなります。

BCGは、その「万一」からお子さんを守るためのワクチンです。標準的な時期になりましたら、確実に接種を受けてください。

参考文献・出典

本記事で用いた数値やデータの出典です。いずれもインターネットで閲覧できます。

  1. 厚生労働省「2024年 結核登録者情報調査年報集計結果」

   https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000175095_00016.html

  1. 厚生労働省「2023年 結核登録者情報調査年報集計結果」

   https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000175095_00011.html

  1. 厚生労働省「2021年 結核登録者情報調査年報集計結果」(低蔓延国達成時のデータ)

   https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000175095_00007.html

  1. 国立健康危機管理研究機構(JIHS)IASR Vol.46 No.541「わが国における最近の新登録結核患者概要」

   https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/iasr/IASR/Vol46/541/541r01.html

  1. 厚生労働省「結核とBCGワクチンに関するQ&A」

   https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/bcg/

  1. 日本ビーシージー製造株式会社「BCGワクチン接種の実際(コッホ現象について)」

   https://www.bcg.gr.jp/actually/actually08.html

  1. 日本ビーシージー製造株式会社「BCGと結核の歴史」

   https://www.bcg.gr.jp/general/cat1/post_6.html

  1. 政府広報オンライン「結核に注意!古くて新しい感染症」

   https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201509/3.html

  1. Colditz GA, et al. Efficacy of BCG vaccine in the prevention of tuberculosis: meta-analyses of the published literature. JAMA 1994; 271: 698-702
  2. Hawkridge A, et al. Efficacy of percutaneous versus intradermal BCG in the prevention of tuberculosis in South African infants: randomised trial. BMJ 2008; 337: a2052
  3. Roy A, et al. Effect of BCG vaccination against Mycobacterium tuberculosis infection in children: systematic review and meta-analysis. BMJ 2014; 349: g4643
  4. 戸井田一郎「結核ワクチンBCG — 日本の貢献」結核 2011; 86(6): 603-606(朽木五郎作による管針の考案、経皮接種のコストについて記載)
  5. 公益財団法人結核予防会「結核について」

   https://www.jatahq.org/about_tb/

  1. 予防接種実施規則 第16条(接種部位の規定:「上腕外側のほぼ中央部」。左右の指定なし)
  2. 東京都 BCG接種マニュアル(「左右どちらでも可、一般的には利き腕の反対側」の記載あり)

   https://www.city.ota.tokyo.jp/seikatsu/hoken/yobou_sessyu/kodomo/BCGseidohennkou.files/Grade.pdf