当院の夜尿症診療について
なかのこどもクリニック院長の中野優です。
4月になって、夜尿症や便秘など慢性疾患の相談が増えてきました。
特に夜尿症についてはいろんなクリニックのホームページをご覧になって、「夜尿は治る」という期待を持っていらっしゃる方が多いです。
きちんとした事実に基づく夜尿症というものについて、小児科専門医、腎臓専門医としてお話します。
夜尿症とは
医学的には、5歳以上のお子さんで、月に1回以上の夜のおもらしが3ヶ月以上続く状態を、夜尿症と呼びます(日本夜尿症学会「夜尿症診療ガイドライン2021」)。
4歳以下の場合は「おねしょ」であって夜尿症ではありません。発達の途中として、ごく普通のことです。
まず知っていただきたいこと:夜尿症は「待てば多くが治る」発達現象です
5歳を過ぎても夜のおねしょが続くお子さんは、決して珍しくありません。小学校入学のころで10〜15%、小学校高学年で5%前後のお子さんに見られます。
そして大切な前提として、夜尿症は治療をしなくても、年に10〜15%ずつのペースで自然に治っていくことがわかっています。中学生になるころには、ほとんどのお子さんが夜のおねしょをしなくなります。
つまり「待つ」というのは、決して怠慢な対応ではなく、医学的にも筋の通った選択肢のひとつです。
それでも治療を考える理由
ただし「待つ」という選択は、その間のご家族とお子さんの負担を、ご家族側が引き受けるということでもあります。毎晩のシーツ交換、お子さん自身の自尊心、お泊まり保育や修学旅行への不安。これらは、医療側が思っているよりずっと大きな負担です。
当院が治療をご提案するのは、この負担を軽くするためであって、「治療しないと治らないから」ではありません。ここは、最初にはっきりお伝えしておきたい点です。
その前に:夜尿症はなぜ起こるのか
治療の話に入る前に、夜尿症がどうして起こるのかを簡単にお伝えします。ここを理解していただくと、あとでお話しする治療の意味が腑に落ちやすくなります。
夜尿症は、大きく分けて3つの体の仕組みが関わって起こります。多くのお子さんでは、そのいくつかが重なっています。
① 夜のあいだに作られる尿の量が多い
私たちの体は、眠っている間に**抗利尿ホルモン(ADH)**という物質を多く分泌することで、夜間の尿量を日中の6割くらいまで減らしています。
これは、進化の過程で備わった仕組みです。眠っているあいだは水を飲めない一方で、尿や呼気からは水分が失われ続けます。体は眠りに入ると「しばらく水は入ってこない」と認識して、今ある水をできるだけ逃がさないように腎臓の働きを切り替えている。そうしないと、朝起きる頃には脱水になってしまうからです。
このホルモンの夜間分泌リズムは、通常3〜4歳ごろに整ってきます。ところが夜尿症のお子さんの多くは、この夜間のホルモン分泌リズムがまだ整っていません。その結果、夜でも日中と同じような量の尿が作られてしまい、膀胱に収まりきらずに漏れてしまう。これが、夜尿症でもっとも多いタイプです。
② 膀胱にためられる量が少ない
同じ尿量でも、膀胱が大きければ朝まで持ちます。夜尿症のお子さんの一部は、夜間の膀胱容量が年齢に比べて小さく、少ない尿量でも漏れてしまう、あるいは膀胱が無意識に収縮してしまう、という状態にあります。
③ 膀胱がいっぱいになっても目が覚めない
本来、膀胱がいっぱいになれば尿意で目が覚めて、トイレに行けるはずです。ところが夜尿症のお子さんの多くは、膀胱からの「いっぱいです」という信号が脳に届きにくい、あるいは信号は届いていても眠りが深すぎて覚醒できない状態にあります。これは「寝起きが悪い」「眠りが深い」とご家族が感じておられるお子さんに、よく見られる特徴です。
つまり夜尿症は、「夜の尿量が多すぎる」か「膀胱が小さすぎる」か「目が覚めない」か、あるいはそれらの組み合わせで起こります。どれも、お子さんの「しつけ」や「気合い」の問題ではなく、体の成熟がまだ追いついていない状態です。これが時間とともに解消していくので、年10〜15%のペースで自然に治っていくわけです。
この3つの仕組みを踏まえた上で、当院でご提案する治療をお話しします。
当院でご提案する2つの治療ルート
ご家族が何を望まれるかによって、治療の選び方が変わります。当院では、2つのルートをご提案しています。基本的には、まずご家族の負担が少ないルートAからご相談し、より踏み込んだ治療を希望される場合にルートBをご案内する流れが多いです。
ルートA:今の困りごとを減らしたい場合 → デスモプレシン
当院がまずご提案することが多いのは、デスモプレシンという内服薬です。
上の①(夜間の尿量が多い)に対する治療で、抗利尿ホルモンの働きを補うお薬です。つまり、本来なら夜間にもっと分泌されているはずのホルモンが、お子さんではまだ十分に出ていない。その不足分を、眠る前の1錠で補ってあげる、という考え方の治療です。無理やり尿を止めているのではなく、足りていないものを補っている、とご理解いただくのが正確です。
服用している間は夜間の尿量が減り、夜尿の回数が減ります。ただし、お薬をやめると多くの場合元に戻ります。これは薬の限界というよりも、「ホルモンの分泌リズムそのものを薬で成熟させることはできない」という当然のことで、当院ではこれを「治療」というより「自然に分泌リズムが整うまでの間、夜の困りごとを軽くするお薬」とご説明しています。
それでも導入する意味は、十分にあります。
- お子さんの自尊心が守られる
- ご家族の睡眠と洗濯の負担が減る
- お泊まり保育・修学旅行・林間学校に安心して参加できる
- 家庭内のストレスが減る
これらはどれも、医療として正当な目標です。「治す」ことだけが医療の役割ではありません。
ルートB:自然軽快を待たずに治したい場合 → アラーム療法
「お薬で楽になるだけでは物足りない、自然に治るのを待たずに治してしまいたい」というお気持ちが強ければ、アラーム療法という選択肢があります。
下着につけたセンサーが、おしっこを感知した瞬間に音や振動でお子さんを起こす治療法です。上の②(膀胱の容量)と③(覚醒のしにくさ)の両方に働きかけるのが特徴で、これを6〜8週間以上続けることで、「膀胱がいっぱいになると目が覚める」という体の反応そのものを学習させていきます。ホルモンを補うデスモプレシンとは違って、体の仕組みを育てる治療です。
中止したあとも効果が続く、つまり本当の意味で「治る」可能性がある治療法は、現時点ではアラーム療法だけです。長期的にみて、半分くらいのお子さんが治るというデータが、複数の研究で示されています。
ただ、正直に申し上げると、アラーム療法はかなり大変です。
- 6〜8週間、毎晩アラームの音でご家族が起きてお子さんを完全に覚醒させ、トイレに連れていく必要があります
- アラーム機器はご家庭でご購入いただきます
- お子さんとご家族のやり抜く意志が、成功率を大きく左右します
ご家族全員が疲弊してしまうと、治療どころではなくなります。そのため当院では、ご家族の生活にアラーム療法を続けるだけの余力があるかどうかを、最初に正直にご相談しています。迷われる場合は、まずルートA(デスモプレシン)で様子を見ていただき、そのあとで改めて検討する、という流れでも構いません。
開始した場合は、2週間の時点で一度面談を入れ、「続けられそうか」「無理がないか」を一緒に確認します。難しそうであれば、潔くデスモプレシンに切り替えます。家族みんなが消耗してしまう前に、軌道修正できる仕組みを大事にしています。
当院がはっきりお伝えしたいこと
近年、「夜尿症は治ります」と強く打ち出している医療機関の情報をご覧になって、受診される方が増えています。
期待を持って来てくださること自体は、ありがたいことです。ただ、現時点の医学では「内服で根本的に治す」ことを示した質の高い研究は存在しません。日本の夜尿症診療ガイドラインも、積極的治療を勧める根拠は「長期予後が改善するから」ではなく、「ご家族とお子さんが今困っているなら、その困りごとを減らすため」と明記しています。
ですから当院では、治療を始める前に、ご家族が「治したい」のか「今を楽にしたい」のかをご一緒に整理させていただきます。ここを曖昧にしたまま長く通っていただくよりも、ご希望に合った道筋を最初に決めるほうが、結果的にお子さんとご家族のためになると考えているからです。
腎臓専門医として、処方する薬が何をして、何をしていないのかを、正直にお伝えすることを大事にしています。
受診の目安
5歳を過ぎても週に数回以上の夜尿が続いていて、ご家族かお子さんのどちらかが「困っている」と感じておられたら、一度ご相談ください。困っていなければ、急いで受診する必要はありません。
お困りのことがあれば、遠慮なくお話しください。事前にLINEで相談いただいてもかまいません。
一緒に、ご家族にとって無理のない方針を考えます。よろしくお願いします。

