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ワクチン接種に迷うご家庭へ ― 当院が「広く門戸を開く」と決めている理由

ワクチンの話は、保護者にとって最も悩みの大きいテーマの一つです。「打ったほうがいいのは何となく分かるけれど、不安が消えない」「上の子のときに一度迷ってしまって、そのまま時期を逃した」「明確に打たないと決めている」――どの立場であっても、お子さんを大切に思う気持ちから出てきている迷いです。当院は、その迷い方の違いに合わせて関わり方を変えるべきだと考えています。今回は、当院がワクチンに関してどんなスタンスで保護者と向き合っているのかを書きます。

小児科クリニックは街のインフラ ― すべてのご家庭に門戸を開く

当院は、地域の小児医療を支える「インフラ」の一つでありたいと考えています。インフラというのは、誰でも、必要なときに、同じように使えるという意味です。ワクチンを定期どおりに受けているお子さんも、何らかの理由で接種していないお子さんも、当院にとっては等しく「ご縁のある患者さん」です。当院の方針と異なる選択をされているからといって、診療をお断りしたり、診察室で説教したりすることはありません。

これはきれいごとではなく、実務上の理由があります。お子さんが熱を出した、湿疹が広がった、咳が止まらない――そういう「困った」が起きたときに、相談できる小児科がそばにあるかどうかは、お子さんの予後に直結します。ワクチンの考え方が家庭ごとに違うのは当然のことで、その違いを理由に医療から遠ざかってしまうことのほうが、子どもにとってはずっと不利益が大きいと考えています。

「ワクチン忌避」と一口に言っても、その中身は同じではない

世界保健機関(WHO)は、接種可能なワクチンがあるのに接種をためらう、あるいは拒否する状態を「ワクチン忌避(vaccine hesitancy)」と呼び、2019年には世界の健康を脅かす10の脅威の一つに挙げました(※1)。日本では「ワクチン躊躇(ちゅうちょ)」「接種控え」と呼ばれることもあります(※2)。重要なのは、忌避という言葉が指す状態は決して一枚岩ではないということです。

WHOの専門家グループ(SAGE)は、ワクチン忌避が生まれる背景を整理するために「3Cモデル」を提唱しています(※3)。

Confidence(信頼) ― ワクチンや、それを届けてくれる医療システムへの信頼が揺らいでいる状態。

Complacency(楽観) ― そもそも自分の子はその病気にかからないだろう、かかっても大丈夫だろう、と感じている状態。

Convenience(利便性) ― 接種会場までの距離、費用、時間など、現実的なハードルが高い状態。

当院で日々お話を伺っていても、接種をためらう背景は本当にさまざまです。整理すると、おおよそ次のような分かれ方をしています。

・一切のワクチンを接種しないと決めているご家庭

家庭の方針として、すべてのワクチンを見送ると明確に決めているケースです。理由は信条によるものから、過去の体験に基づくものまで多様です。

・特定のワクチンだけを見送るご家庭

基本的には接種を進めているが、特定のワクチンだけは見送る、という選択です。たとえば「これは打ったけれど、これは保留」というように、ご自身で情報を集めて取捨選択しているケースです。

・漠然とした不安で踏み切れないご家庭

「打ったほうがいいのは分かるけれど、副反応が怖い」「ネットで見た情報が頭から離れない」――決定的な拒否ではなく、迷ったまま時間が経っているケースです。3Cモデルでいう「信頼」の問題に近いことが多い印象です。

・タイミングを逃してしまったご家庭

接種を否定しているわけではないのに、引っ越し、上の子の入院、ご自身の体調不良などが重なって、気がつくとスケジュールから大きく外れてしまっているケースです。3Cモデルでいう「利便性」の問題が積み重なった結果ともいえます。

この四つは、当院から見れば「対応の仕方が異なる四つの状況」であって、どれが正しいとか間違っているという話ではありません。

当院ができること ― 状況によって、関わり方を変えています

情報が足りなくて迷っているご家庭には、情報をお渡しします。インターネット上にはワクチンに関する情報があふれていて、どれが信頼できるのか判断しづらいというお話は、外来でもよく伺います。当院では、診察の合間や予防接種の枠で、できる範囲でお話の時間を取るようにしています。気になっている記事やSNSの投稿があれば、そのまま見せていただいて構いません。一緒に内容を確認し、当院の評価をお伝えします。

タイミングを逃してしまったお子さんには、現時点から組み直せるスケジュールをご提案します。日本の予防接種は、病気ごとに「定期接種として公費で受けられる対象年齢」が定められています(※4)。たとえば五種混合ワクチン(ジフテリア・百日せき・ポリオ・破傷風・Hib感染症)の初回は、生後2か月から7か月に至るまでの期間が標準的な接種期間とされ、複数回の接種が必要です(※5)。スケジュールから外れていても、決められた回数を確実に終えることが大切とされています(※4)。

もう一つ、現実的な問題として、対象年齢を過ぎてしまうと、定期接種ではなく任意接種となり、原則として全額自己負担になります(※4)。これは制度上どうしようもないところもあるのですが、当院では「どのワクチンを優先するか」「どの順番で接種すれば現実的か」を、一緒に考えるようにしています。すべてを一度に取り戻す必要はありませんし、現実問題としてそれは難しいことのほうが多いからです。

明確に「打たない」と決めているご家庭に対しては、その意思を尊重します。ただし、いざ熱が出た、けがをした、登園前の不安があるといった日常診療の場面では、当院は変わらずお子さんを診ます。診察のたびに方針を変えるよう迫ることはしません。

それでも、当院は「打てるなら打ったほうがいい」と考えています

前提として、当院の医学的な立場ははっきりしています。とくに公費で受けられる定期接種(A類疾病)は、社会全体での予防を目的に設計されているもので(※4)、対象となるお子さんには接種をお勧めします。WHOは、ワクチンによって世界で年間200万〜300万人の死亡が予防されており、世界全体の接種率が上がればさらに150万人の死を回避できると見込まれていると述べています(※1)。これは「ワクチンを打つ意味」を語るときに、最も基礎になる数字です。

ただ、ここで一つ補足したいことがあります。それは、「打てない子」や「まだ打てない時期の子」がいる、ということです。生後すぐの赤ちゃんはほとんどのワクチンの接種年齢に達していませんし、白血病などの治療中の方や、重度のアレルギーがあって接種を見合わせざるを得ないお子さんもいます。

こうした「打てない子」を守るための考え方が、公衆衛生の世界では古くから知られています。一つは「集団免疫」です。社会の中で免疫を持っている人が一定割合を超えると、感染症が広がりにくくなり、免疫を持たない人も間接的に守られる、というしくみです(※6)。麻しん・おたふくかぜ・ポリオが現在の日本ではほとんど流行しなくなっているのも、多くの人がワクチンで免疫を持ったことの結果です(※6)。

これを赤ちゃんの周囲だけに当てはめた考え方が、「コクーン(繭(まゆ))戦略」と呼ばれるものです。日本小児科医会の提言では、コクーン戦略は「両親・介護者・近親者へ接種して乳児を間接的に守る」方法として説明され、百日せきのような乳児に致命的になりうる感染症を防ぐ最重要施策の一つに位置づけられています(※7)。日本では2024年に生後1か月の赤ちゃんがマクロライド耐性の百日せき菌に感染して亡くなった例も報告されており、乳児を周囲が守るという発想は、いまも切実なテーマです(※7)。

つまり、お子さんがワクチンを受けるということは、そのお子さん自身を守る行為であると同時に、まだ打てない赤ちゃんや、何らかの事情で打てない子を、地域ぐるみで守る行為でもあります。これは「あなたの自由を制限する話」ではなく、「あなたの選択が、見知らぬ誰かの赤ちゃんを救うかもしれない」という話です。当院がワクチンを勧める根っこにあるのは、この感覚です。

だからこそ、ワクチンを見送るご家庭にも門戸を開いています

ここまで読むと、矛盾していると感じる方がいるかもしれません。「ワクチンを勧めているのに、なぜ打たない家庭にも門戸を開くのか」と。当院の答えはこうです。

当院は、接種を望むすべてのお子さんが、滞りなく接種を受けられるよう、在庫管理・予約導線・スケジュール調整に力を入れています。それは集団免疫やコクーン戦略の効果を地域で最大化したいからです。一方で、現時点でワクチンを見送っているお子さんが小児科とのつながりを失ってしまうと、そのお子さんが将来「やっぱり受けようかな」と思ったときに、相談できる場所がなくなってしまいます。発熱や事故、発達の心配ごとが出てきたときに、医療から遠ざかってしまうことのリスクのほうが、当院は気がかりです。

WHOは、医療従事者(とくに地域で働く者)は、保護者がワクチン接種を判断する際の「最も信頼される助言者・影響者」であり続けていると述べています(※1)。当院から見ても、ワクチンを受け入れるかどうかは別として、そのご家庭が「相談できる小児科を一つ持っている」状態にあること自体が、お子さんにとって財産だと感じます。当院がワクチン忌避のお子さんにも変わらず門戸を開いているのは、小児医療への「細いけれども切れないパイプ」であり続けたい、というシンプルな理由からです。

まとめ ― 迷いを抱えたまま、相談に来てください

ワクチンを巡る選択は、保護者一人ひとりが、ご自分のお子さんのことを真剣に考えた結果です。当院はその過程を尊重します。そのうえで、医学的には「打てるなら打ったほうがいい」と考えていることもお伝えしておきます。

情報が足りなくて迷っている方には情報をお渡しします。時期を逃してしまった方には、組み直せるスケジュールを一緒に考えます。費用負担で悩んでいる方には、優先順位を含めて相談に応じます。「打たない」と決めている方も、日常診療では変わらず診ます。どのタイプであっても、お子さんに何かあったとき、まず思い出してもらえる小児科でありたいと思っています。

ワクチンの話は、診察の流れの中だと十分な時間が取れないことも多いので、迷いが大きい場合は予防接種の枠やLINE相談を通じてお声がけください。一緒に考えます。

参考文献

※1 World Health Organization. Ten threats to global health in 2019. https://www.who.int/news-room/spotlight/ten-threats-to-global-health-in-2019 (2026年5月19日参照)

※2 庄司健介ほか. Vaccine hesitancy(ワクチン躊躇)の現状,関連要因,評価,対策. 日本公衆衛生雑誌. 2023; 70(8): 474-482. https://www.jstage.jst.go.jp/article/jph/advpub/0/advpub_23-004/_article/-char/ja

※3 厚生労働省. 予防接種におけるコミュニケーションについて(第36回厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会予防接種基本方針部会 資料4-2). https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/000588378.pdf (2026年5月19日参照)

※4 厚生労働省. 予防接種・ワクチンに関するQ&A(予防接種法に基づく定期接種・任意接種). https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/kihonteki_keikaku/index_00001.html (2026年5月19日参照)

※5 厚生労働省. 定期接種実施要領(令和6年改正). https://www.mhlw.go.jp/content/001238891.pdf (2026年5月19日参照)

※6 厚生労働省. 新型コロナワクチンQ&A「集団免疫とは何ですか」. https://www.cov19-vaccine.mhlw.go.jp/qa/0019.html (2026年5月19日参照)

※7 日本小児科医会 公衆衛生委員会. 百日咳対策 ― 現状分析と提言(令和7年5月20日). https://www.jpa-web.org/blog/member/a413 (2026年5月19日参照)