アブリスボで、赤ちゃんのRSウイルス入院は本当に減ったのか
「妊娠中にワクチンを打って、本当に赤ちゃんを守れるのでしょうか」
「新しいワクチンなので、早産や赤ちゃんへの影響が心配です」
アブリスボの接種をご案内すると、よくいただく質問です。
当院では、アブリスボの発売以来、生まれてくる赤ちゃんをRSウイルスから守る方法として積極的にお勧めしてきました。安城市でも2026年度から定期接種となり、対象となる妊婦さんは原則、公費(無料)で接種できるようになりました(※1、2)。
では、承認前の臨床試験だけでなく、実際に多くの妊婦さんが接種するようになったあとも、赤ちゃんの入院は減っているのでしょうか。妊娠や出産への思わぬ影響は見つかっていないのでしょうか。
今回は、新しく発表されたオーストラリアの研究を中心に、世界各国から集まり始めたデータをまとめます。
結論から:入院を減らす効果は、実際の医療現場でも確認されつつあります
今回のオーストラリア研究では、妊娠中にアブリスボを接種すると、赤ちゃんのRSウイルスによる下気道疾患の入院は生後6か月までで77.8%、重症の下気道疾患の入院は80.4%少ないと推定されました。特に出生から60日(約2か月)まででは、それぞれ86.3%、88.9%少ないという結果でした(※4)。承認試験や他国の市販後研究も、おおむね同じ方向を示しています(※3〜6)。
安全性については、接種部位の痛み、腫れ、赤み、頭痛、筋肉痛などが主な副反応です(※1)。早産、死産、低出生体重などの妊娠・新生児の転帰が明確に増えたとは、現在までの複数の研究では確認されていません(※3、7〜10)。ただし、妊娠高血圧症候群については研究によって結果が一致しておらず、今後も注意深い監視が必要です(※1、9、10)。
アブリスボは、赤ちゃんに抗体を渡すワクチンです
アブリスボは、赤ちゃんに直接接種するワクチンではありません。
妊婦さんが接種すると、お母さんの体内でRSウイルスに対する抗体がつくられます。その抗体が胎盤を通って赤ちゃんに移り、出生直後からの感染防御を助けます(※1)。生まれたばかりの赤ちゃんは自分で十分な抗体をつくりにくいため、重症化しやすい生後早期を、お母さんから受け取った抗体で守るという仕組みです。
接種できる期間と、推奨される期間は少し違います。薬事承認上は妊娠24週から36週まで接種できますが、効果の観点から妊娠28週から36週までの接種が望ましいとされています。日本の定期接種の対象も、接種時点で妊娠28週0日から36週6日までです(※1)。
ただし、これは「36週まで待ってよい」という意味ではありません。お母さんが抗体をつくり、それが胎盤を通って赤ちゃんに届くには時間が必要です。接種後14日以内に生まれた赤ちゃんでは有効性が確立していません。厚生労働省も、妊娠38週6日までに出産を予定している場合は医師に相談するよう案内しています(※1)。妊娠28週に入ったら早めに予約し、出産まで少なくとも2週間以上の間隔を確保できる時期に接種することが大切です。通常は32週までを目安にされているクリニックが多いようです。
承認前の試験では、重症のRSウイルス疾患が約7〜8割減少しました
承認の根拠となった国際共同第3相試験「MATISSE」では、妊婦さん約7,400人をワクチン群とプラセボ群に無作為に分けました。
その結果、医療受診を必要とする重症のRSウイルス下気道疾患は、生後90日までで81.8%、生後180日までで69.4%少なくなりました(※3)。ここでいう下気道疾患は、鼻やのどだけのかぜではなく、細気管支炎や肺炎など、胸の奥の気道や肺に及ぶ病気です。
ただし、臨床試験は条件をそろえて行う研究です。実際の接種では、妊婦さんの背景、接種週数、流行時期、医療機関へのかかり方がさまざまです。そのため、発売後にも同じような効果が出ているかを確かめる必要があります。実際に市販されてからのデータがいろいろ出てきているので、今回はそれについて少し解説します。
オーストラリアの研究――生後6か月までのRSウイルス入院が約78%少ない
2026年に発表されたオーストラリアのSTREETON研究では、6州・準州の9病院に急性呼吸器症状で入院した、生後6か月以下の赤ちゃん1,012人を調べました(※4)。この研究では、急性呼吸器症状で入院した1,012人のうち、513人は母親が接種済み、499人は未接種でした。このうち下気道疾患があった655人では、接種群285人中6人(2.1%)、未接種群370人中4人(1.1%)が挿管されていました。
妊娠28週以降、かつ出産の14日以上前にアブリスボを接種していた場合、RSウイルスによる下気道疾患の入院は77.8%少なく、重症下気道疾患の入院は80.4%少ないと推定されました(※4)。
この研究で特に効果が大きかった「生後早期」とは、出生から60日(約2か月、8週4日)または90日(約3か月、12週6日)までです。RSウイルス下気道疾患による入院は、出生から60日までで86.3%、90日までで80.2%少ないと推定されました。重症例の入院は、それぞれ88.9%、82.2%少ないという結果でした(※4)。
挿管は接種群6例、未接種群4例の計10例だけで、接種群のほうが少ないという結果ではありませんでした。ただし、この集計にはRSウイルス陰性例も含まれます。RSウイルス陽性の下気道疾患に限ると、挿管は接種群114人中4人、未接種群272人中4人でした。症例数が少なく、背景を調整した解析でもないため、挿管を防ぐ効果や、逆に増やす可能性を評価できるデータではありません。
言えるのは、酸素投与や集中治療などをまとめて定義した「重症のRSウイルス下気道疾患による入院」が全体として減った、というところまでです。
また、この研究に参加したのは、急性呼吸器症状で入院した赤ちゃんです。そのため、軽い鼻かぜや外来で治ったRSウイルス感染まで減ったのか、感染そのものをどれだけ防いだのかは分かりません。この研究が直接示したのは、RSウイルスによる入院と、入院を要する重症例が減ったことです。
オーストラリアだけではありません
市販後の入院予防効果は、アルゼンチン、英国、米国、フランスなどでも報告されています。
たとえば、アルゼンチンのBERNI研究では、生後6か月までのRSウイルス下気道疾患による入院が71.3%少ないと推定されました。米国のCASSATT研究では、生後90日までのRSウイルス関連入院が67.6%少ないと推定されています(※5、6)。
国ごとに数字が違うのは、効果の優劣をそのまま表しているわけではありません。対象となる月齢、接種時期、流行状況、入院の定義、研究方法が異なるからです。大切なのは、方法の異なる複数の研究が「生後早期のRSウイルス入院が減る」という同じ方向を示していることです。
抗体はいつまで続くのか――生後6か月までは実証、1歳までは未確認です
お母さんから受け取った抗体は、赤ちゃんの体内で少しずつ減っていきます。2026年に報告された第2相試験の最終解析では、接種群の赤ちゃんの中和抗体は生後6か月まで未接種群より高く保たれ、抗体価の半減期は39〜44日と推定されました(※11)。半減期とは「その日数で抗体がなくなる」という意味ではなく、量がおよそ半分になるまでの目安です。
実際の予防効果も、出生直後から生後2〜3か月が最も高く、その後は徐々に弱まると考えるのが自然です。オーストラリア研究では、入院予防効果は出生から60日まで86.3%、61〜120日では68.2%でした。フランスの全国研究でも、RSウイルス入院の予防効果は生後0〜14日で66%、生後60〜75日で38%と、時間とともに低下しました(※4、12)。研究方法や流行状況が違うため、数字を直接比べることはできませんが、どちらも同じ傾向です。
したがって、現時点でしっかり確認されている保護期間は「生後6か月まで」です。生後1歳まで同じ強さで守ることが確認されたわけではありません。RSウイルスは1歳未満を通して重症化の原因になりますが、アブリスボの大きな役割は、その中でも特にリスクが高い出生直後から数か月を守ることです。
赤ちゃんに直接抗体を注射する選択肢も出てきました
RSウイルスを予防する方法には、妊娠中のワクチンとは別に、赤ちゃんへ長く作用する抗体を直接注射する方法があります。ニルセビマブ(商品名ベイフォータス)はその一つですが、日本では50mgが459,147円、100mgが906,302円という薬価で、保険適用も重症化リスクの高い赤ちゃんが中心です。一般の乳児に広く使うには、費用と制度の壁が大きく、当院の日常診療では現実的な選択肢になりにくい製剤でした(※13)。
MSDの新しい抗RSウイルス抗体、クレスロビマブ(商品名エヌフロンシア)は、2026年6月に日本で承認されました。体重にかかわらず105mgを1回注射する製剤で、重症化リスクの高い赤ちゃんだけでなく、生後初回の流行期を迎える一般の新生児・乳児も承認対象です。臨床試験では、投与後150日までの医療受診を必要とするRSウイルス下気道疾患が60.4%少なくなりました(※14、15)。
エヌフロンシアはベイフォータスより現実的な価格で提供されるのではないかという期待はあります。公費のワクチンではないため、価格によっては接種されたい方もいらっしゃるかもしれません。当院はクリニックで接種できるレベルのワクチンについてはすべて接種できるよう対応しますので、気になる方はまたご連絡ください。こちらからもアナウンスします。
早産や赤ちゃんへの影響はどうでしょうか
今まではワクチンの効果についてお話をしましたが、ではワクチンをうつことでの悪影響がないのかということも気になるかと思います。
妊娠中のワクチンでは、赤ちゃんを守る効果と同じくらい、妊娠・出産への安全性が重要です。
発売前のMATISSE試験では、早産はワクチン群5.7%、プラセボ群4.7%でした。ワクチン群で数値上は多かったものの、統計学的に明確な差ではありませんでした。低出生体重や新生児入院などにも、明確な群間差は確認されませんでした(※7)。
その後の実臨床研究では、フランスの全国データで接種した妊婦さん24,891人と未接種の妊婦さん24,891人を比較し、早産、死産、胎児発育、子癇前症などの明確な増加は確認されませんでした(※8)。米国の大規模研究でも、早産、死産、在胎週数に比べて小さく生まれることの増加は確認されていません(※9、10)。
ただし、妊娠高血圧症候群は「完全に心配がなくなった」とはまだ言えません。米国のVaccine Safety Datalink研究では、接種群17.3%、未接種群15.0%で、調整後相対リスクは1.13(95%信頼区間1.07〜1.19)でした。これは絶対値では2.3ポイントの差で、統計学的には有意な増加でした(※9)。
「有意差がある」とは、簡単に言うと観察された差を偶然のばらつきだけで説明するのが難しい、という意味です。ただし、有意差があることと、ワクチンが原因だと証明されたことは同じではありません。観察研究では、初産かどうか、年齢、基礎疾患、受診や診断のされやすさなど、調整しきれない違いが結果に影響することがあります。
非常にまれな有害事象や、赤ちゃんの長期的な発達への影響まで、すべてが分かったわけでもありません。「現時点で重大な問題の明確な増加は確認されていない」と「これからも監視を続ける」は、両立する考え方です。
当院が「勧めて終わり」にしない理由
小児の治療というのは少し特別です。
5年や10年大丈夫なら大丈夫という話にはなりません。100年安全と言えるかどうかを考えないといけません。
ただそれに振り回されてもいけません。世の中には100%安全ということはありません。
現実的に効果が確認できたもの、想定されるデメリットが少ないものについては、しっかり検討して取り入れていくべきと思っています。
当院では、アブリスボが公費対象になる以前から、積極的にお勧めしてきました。今回のオーストラリア研究を含む市販後データは、その判断を実臨床の面から支える内容です。
現時点での私たちの結論は、「アブリスボは、生後早期のRSウイルス入院を減らすための有力な選択肢であり、安全性についても大きな懸念は確認されていない。ただし、妊娠高血圧症候群など、今後も確認を続けるべき点は残る」です。
新しいワクチンは、承認されたら評価が終わるわけではありません。実際に接種が始まったあと、本当に子どもの入院が減ったか、見逃している不利益がないかを追い続けることが必要です。
接種するか迷っている方は、出産予定日、現在の妊娠週数、これまでの妊娠経過を確認しながらご相談ください。接種を受ける場合は、出産までの間隔を確保できる時期に検討することが大切です。

参考文献・公的情報
※13 厚生労働省「新医薬品一覧表(令和6年5月22日収載予定)」ベイフォータス筋注50mg・100mgシリンジ。
※14 PMDA「エヌフロンシア筋注シリンジ105mg 添付文書」/MSD「エヌフロンシア承認のご案内」。
※15 日本小児科学会「日本におけるクレスロビマブの使用に関するコンセンサスガイドライン」。

