「産まれたときはなかったのに、ほくろができました。ガンの可能性はありますか?」 ― 子どものほくろの話 ―
「最近、こんなところに黒い点ができてきたんですが、大丈夫でしょうか」。診察室やLINE相談でよくいただくご質問です。お子さんの体に新しい黒い点を見つけたとき、「皮膚がんではないか」と心配になられるのは自然なことだと思います。
結論を先にお伝えします。
子どものほくろが悪性のもの(メラノーマ)であることは、ほぼありません。
当院で出会うご相談の大部分は、年齢相応に普通に増えていく良性の「色素性母斑(しきそせいぼはん)」です。ただ、「なぜ大丈夫と言えるのか」という根拠と、「ごく少数だけ気をつけたいパターン」を知っておいていただくと、不安は判断に変わります。今日はそのお話です。
そもそも「ほくろ」とは何か
医学的に「ほくろ」と呼ぶ場合、その正体はメラノサイト(メラニン色素を作る細胞)が、皮膚のごく狭い場所に集まってできた良性の細胞の塊です(※1)。
私たちの皮膚には、表皮の最下層に一定の密度でメラノサイトが住んでいて、紫外線などから皮膚を守るためにメラニン色素を作っています。この細胞が、皮膚のある一点で「仲間を増やして集まって暮らしはじめる」と、目に見える小さな茶〜黒色の点になります。これが俗にいう「ほくろ」で、医学用語では色素性母斑または母斑細胞母斑と呼びます(※2)。日本皮膚科学会の解説では、3〜4歳頃から発生して数が次第に増えていく、と説明されています(※2)。
ここで重要な事実が一つあります。
色の濃さや位置は、必ずしも「悪さ」の指標ではないということです。メラニンが皮膚の浅い場所(表皮の近く)にあれば茶色く、深い場所(真皮の中)にあれば青〜黒く見える、というだけの光学的な現象です(※1)。「黒いから怖いほくろ」と単純に判断できるものではありません。
なぜ成長とともに増えるのか(細胞のブレーキの仕組み)
「子どものときはなかったのに、いつの間にか増えた」と感じるのには、ちゃんとした理由があります。
ほくろの多くは、BRAF(ブラフ)変異という遺伝子の変化が、たった一個のメラノサイトに入り、その細胞が分裂して小さなコロニーを作ったものだとわかってきました。普通のほくろの約80%にこのBRAF変異が見つかります(※3)。
ここからが面白いところです。この変化が起きると細胞は一時的に増え始めますが、しばらく分裂を繰り返したあとで、自ら増殖を止める「強力なブレーキ(がん遺伝子誘発性老化)」が働きます(※3)。
- 小児期〜20代前半: 新しいほくろがいちばん作られやすい時期。
- 30代: ほくろの総数がピークに達します(※3)。
- 30歳以降: 新しくできるものは少なくなり、逆に自然に消えるものも出てきます(※3)。
「ほくろが一定の大きさで止まり、急に大きくならない」のは、この自然のブレーキが効いている証拠と言えます。
「子どものほくろは安全」と言える疫学的な根拠
ご家族がいちばん知りたいのは、結局「うちの子のほくろは安全ですか」という点でしょう。
日本でメラノーマ(皮膚の悪性黒色腫)と新たに診断される人は、年間およそ1,800人です(※4)。この数字からも、日本人にとってメラノーマは稀な病気であることがわかります。さらに、メラノーマは50歳代から増え始め、60〜70歳代がピークであり、小児はほとんど含まれません(※4関連解説)。
具体的な数字を見てみましょう(※3)。
- 1年間の変化率: 40歳未満で、一つのほくろがメラノーマに変化する確率は、およそ20万分の1。
- 生涯リスク: 一つのほくろがメラノーマになる確率は、男性で約3,000分の1、女性で約11,000分の1。
子どものうちにこれが顕在化する確率は非常に非常に稀で、だからこそ世界中の皮膚科で「予防のためにほくろを片端から取る」ことは行いません。日本皮膚科学会の解説でも、「直径7mm以下のホクロが癌になったという報告はない」と明記されています(※5)。
【過度に心配しなくてよい変化(※3)】
- ほくろから毛が生えてきた: メラノサイトが毛包を巻き込んだ位置にあるためで、むしろ良性の経過です。
- 少しずつ盛り上がってきた: 細胞が成熟し、皮膚の深い方へ移動することで立体的になります。
- 色が薄くなった: これも自然な経過の一部である場合があります。
当院からのまとめ
子どものほくろは、メラノサイトが皮膚で「定住」を始めたサインで、3〜4歳頃から増え始めるごく自然な発達過程の一部です。強力なブレーキ機構のおかげで、ほとんどのほくろは生涯にわたって良性のまま静かに存在し続けます。
日本で小児がメラノーマを発症することは、非常に非常に稀です。一つのほくろが変化する確率も、限りなくゼロに近いと言って差し支えありません。
ですから、お子さんに新しい黒い点を見つけたとき、まず大丈夫と思っていただいて構いません。そのうえで、ABCDEのサインが当てはまる場合や、生まれつき大きい黒いあざがある場合、あるいは明らかに変化を感じる場合にだけ、皮膚科にご相談いただければ十分です。
当院でも、判断に迷うものはLINEで写真をお送りいただければ、危ないパターンかどうかを判別し、必要なら適切な皮膚科をご紹介します。ご家族が安心して過ごせるよう、これからもお手伝いしてまいります。
参考文献
※1 公益社団法人日本皮膚科学会. 皮膚科Q&A アザとホクロ Q2「アザはどうしてできるのですか?」. https://qa.dermatol.or.jp/qa21/q02.html (2026年5月26日閲覧)
※2 公益社団法人日本皮膚科学会. 皮膚科Q&A アザとホクロ Q9「黒アザにはどのようなものがあるのでしょうか?」. https://qa.dermatol.or.jp/qa21/q09.html (2026年5月26日閲覧)
※3 Damsky WE, Bosenberg M. Melanocytic nevi and melanoma: unraveling a complex relationship. Oncogene. 2017; 36(42): 5771-5792. PMID: 28604751. doi: 10.1038/onc.2017.189
※4 国立がん研究センター がん情報サービス. メラノーマ(悪性黒色腫). 2023年6月7日更新. https://ganjoho.jp/public/cancer/melanoma/index.html (2026年5月26日閲覧)
※5 公益社団法人日本皮膚科学会. 皮膚科Q&A アザとホクロ Q10「ホクロを取りたいのですがどうしたらよいでしょうか?」. https://qa.dermatol.or.jp/qa21/q10.html (2026年5月26日閲覧)

