学校健診の血液検査で「要精査」と言われたとき
安城市では、小学4年生と中学1年生のときに学校健診で採血が行われます。その結果、白血球数や赤血球数が「基準値から外れています。一度医療機関で見てもらってください」と書かれた紙を持ってこられるご家族が、毎年この時期に多くいらっしゃいます。
「白血球が少ないのは、白血病ではないですか?」「赤血球が多いと、どんな病気が考えられますか?」――診察室でそう尋ねられるたびに、私がまずお伝えしていることがあります。
お子さんが元気に学校に通えていて、特に気になる症状がないのであれば、ほとんどの場合、心配のいらない結果です。
これは医師としての気休めではなく、検査値の「基準範囲」という考え方を踏まえれば、統計的にも説明がつくことです。なぜそう言えるのか、少し長いお話になりますが、順を追って解説します。
1. 「基準範囲から外れる」=「異常」ではない理由
血液検査の結果用紙には「基準範囲」という数字の幅が書かれています。この数字を1ポイントでも外れると「異常」と判定されることがあり、多くの方は強く動揺されます。
しかし、基準範囲とは「病気の人と健康な人を分ける線」ではありません。日本臨床検査医学会の定義によれば、基準範囲とは「健康な人を集めて検査をしたとき、その中央の95%が入る範囲(下から2.5%と上から2.5%を除いた範囲)」を指します(※1)。
言い換えれば、健康な人であっても20人に1人は、何の病気もなくても基準範囲を外れます(※1, ※2)。これは身長や体重に個人差があるのと同じです。特に小児の場合、成長に伴って数値が大きく変化するため、大人の基準値をそのまま当てはめると「異常」と判定されやすくなる傾向があります(※3, ※4)。
2. 白血球数は「その日のコンディション」で激しく動く
血液検査の値は、常に固定されているわけではありません。特に白血球数は、その時々の状況でドラマチックに変動します。
その理由は、白血球の「待機場所」にあります。実は、体の中の白血球のうち、血液の流れに乗っているのは半分程度に過ぎません。残りの半分は、血管の壁にピタッとくっついて待機しています。これを「辺縁(へんえん)プール」と呼びます(※7, ※8)。
この「壁にくっついている白血球」は、ちょっとしたきっかけで一斉に流れの中へ飛び出してきます。
運動・ストレス:走って登校したり、採血を怖がって緊張したりすると、アドレナリンの影響で壁から白血球が剥がれ落ち、数値が一時的に跳ね上がります(※8, ※9)。
食事:食後には白血球数が10〜15%ほど上昇することが知られています(※10)。
感染症のあと:風邪が治ったあとでも、数値が落ち着くまでに1〜2週間かかることがあります。
逆に、ウイルス感染の経過で一時的に数値が下がること(一過性の好中球減少)や、もともとベースが低めの体質(体質性白血球減少)のお子さんもいます(※12)。一度だけの採血結果が、その子の「本来の値」とは限らないのです。
3. 赤血球・ヘモグロビンを動かす「血液の濃さ」
赤血球やヘモグロビンの値を左右するのは、主に「水分バランス」です。
「高く」出る原因:朝、水分をあまり摂らずに採血すると、血液が濃縮されて数値が高く出ます(相対的多血)(※13, ※14)。
「低く」出る原因:思春期の急成長期(中1など)は、体の大きくなるスピードに赤血球の製造が追いつかず、一時的に薄まって見えることがあります。東京都のデータでも、中1で「貧血」とされた男子の多くが、学年が上がるにつれて自然に基準値内に戻ることが示されています(※15)。
4. 当院のアプローチ ―― 「三系統」と「形」から骨髄の動きを読む
当院では、健診で「要精査」となった場合、単に再検査をするだけでなく、多角的な視点で「骨髄(こつずい)という工場の動き」を推測します。
① 三系統(さんけいとう)のバランスを見る
血液中の3種類の細胞――白血球、赤血球、血小板――は、すべて骨の中にある「骨髄」という一つの工場で作られています(※20, ※21)。いわば同じ工場で製造ラインを共有している3つの製品です。
心配がいらないパターン:「白血球だけ」が少し外れているが、赤血球や血小板は正常。これは、工場自体は元気に稼働しており、特定の数値だけが一時的に揺れた可能性が高いと判断できます。
注意が必要なパターン:三系統のうち2つ以上に異常が出ている場合(汎血球減少(はんけっきゅうげんしょう))。これは工場の稼働自体に重大な問題が起きているサインかもしれません(※22)。
② 血液の「形」から原因を探る
赤血球の場合、数(赤血球数)や量(ヘモグロビン)だけでなく、一つひとつの「形や大きさ(形態指数)」も同時にチェックします(※17, ※18)。
MCV(平均赤血球容積):赤血球の大きさ
MCH / MCHC:赤血球に含まれるヘモグロビンの濃さ
RDW(赤血球分布幅):赤血球の大きさのバラツキ
たとえば、数値が低くてもこれらがすべて正常範囲なら「一時的に薄まっているだけ」と判断できますが、MCVやMCHが極端に低ければ「鉄欠乏」などの原因がはっきり見えてきます(※16, ※19)。このように「形」を見ることで、見かけ上の異常と、治療が必要な異常を高い精度で区別できるのです。
5. それでも見逃したくない「本当に心配なサイン」
「数字だけ」が異常で、他はピンピンしているという形で重大な病気が見つかることは、実は極めて稀です。もし白血病などの重い病気であれば、検査数値の異常とともに、日常生活の中で以下のような「はっきりとした症状」が現れます(※4, ※5, ※6)。
続く発熱、強いだるさ
ぶつけていないのに青あざができる、点状の赤い出血斑が出る
鼻血や歯ぐきからの出血が止まりにくい
首や脇のリンパ節が腫れている
お腹が張ってきた、またはお腹の左右どちらかが膨らんで見える(肝臓・脾臓の腫れ)
骨の痛み(特に夜間や下肢)
今、お子さんが元気に走り回れているのなら、その「元気」こそが、何よりの健康の証明です。
ご家族にお伝えしたいこと
「要精査」の文字に驚かれるのは、親御さんとして当然の反応です。しかし、その数字はお子さんの体調の一断面を切り取ったものに過ぎません。
当院では、数字だけを見るのではなく、お子さんの全身を診て、生活の様子を伺い、納得いただけるまで丁寧にご説明します。健診の結果を持って気軽にご相談ください。
参考文献
※1 日本臨床検査医学会. 基準範囲・臨床判断値.(日本臨床検査医学会 ガイドライン「検査値アプローチ―基準範囲・臨床判断値」より). https://www.jslm.org/books/guideline/2018/03.pdf
※2 国立病院機構 災害医療センター. 「基準範囲って?? ~みんな健常人。でも20人に1人は異常値??~」. https://saigai.hosp.go.jp/blog/2017/1018_003109.html
※3 田中敏章, 山下敦, 市原清志. 潜在基準値抽出法による小児臨床検査基準範囲の設定. 日本小児科学会雑誌. 2008; 112(7): 1117-1132.
※4 国立成育医療研究センター. 急性リンパ性白血病(ALL) Q&A. https://www.ncchd.go.jp/hospital/sickness/children/all.html
※5 国立がん研究センター がん情報サービス. 白血病〈小児〉. https://ganjoho.jp/public/cancer/leukemia/index.html
※6 神奈川県立こども医療センター 小児がんセンター. 白血病. https://kcmc.kanagawa-pho.jp/shounigancenter/results/leukemia.html
※7 九州大学医学Cuter(中央図書館医学分館). 臨床検査における血液の基礎とその病気:白血球の基礎. https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/c.php?g=775049&p=5560173
※8 医学・医療の電子コンテンツ配信サービス(医学書院). 白血球数および白血球分画 解説. https://webview.isho.jp/journal/detail/abs/10.11477/mf.1402906271
※9 日刊ゲンダイヘルスケア. 「好中球」予備軍は血管壁付近や骨髄のプールで待機中. https://hc.nikkan-gendai.com/articles/268954
※10 日経Gooday. 白血球数. https://gooday.nikkei.co.jp/atcl/inspection/SBK06700/
※11 内藤聖子ほか. 成人男性における白血球数および好中球貧食能の日内変動について. 九州大学大学院農学研究院学芸雑誌. 2004; 59(1): 9-13. https://api.lib.kyushu-u.ac.jp/opac_download_md/4321/p009.pdf
※12 日本大学医学部附属板橋病院. 小児の白血球減少症. https://www.itabashi.med.nihon-u.ac.jp/search/term/172
※13 LSIメディエンス WEB総合検査案内. ヘモグロビン(Hb). https://data.medience.co.jp/guide/guide-10010003.html
※14 県立広島病院 検査部. 検査情報システム ヘモグロビン. https://www.kchnet.or.jp/for_medicalstaff/LI/LI_DETAIL_210100.html
※15 前田美穂, 小林史子. 貧血検査の実施成績. 東京都予防医学協会年報 2015年版 第44号. https://www.yobouigaku-tokyo.or.jp/nenpo/pdf/2015/04_06.pdf
※16 奈良県医師会. 小球性貧血と大球性貧血. https://nara.med.or.jp/for_residents/8779/
※17 慶應義塾大学保健管理センター. 血液検査 解説資料. https://www.hcc.keio.ac.jp/ja/health-checkup/assets/files/ketsueki_k.pdf
※18 MSDマニュアル プロフェッショナル版. 貧血の評価. https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/11-血液学および腫瘍学/貧血患者へのアプローチ/貧血の評価
※19 HOKUTO Medical Reference(聖路加国際病院 藤野貴久ほか). 貧血マネジメント③ MCVによる鑑別総論. https://hokuto.app/post/4krtaFva9hH5NYvLnqcC
※20 福島県放射線医学県民健康管理センター. 血算ってなんだろう?. https://fukushima-mimamori.jp/physical-examination/column/column_CBC.html
※21 小牧市民病院 臨床検査科. 血液検査の解説. https://www.komakihp.gr.jp/department/rinsyo-kensa-ketsueki/
※22 国立病院機構 大阪医療センター 血液内科. 急性白血病の症状. https://osaka.hosp.go.jp/department/ketueki_g/service/index.html

