コラムcolumn
予防接種, 院長より

熊本地震のボランティアに行かれる方へ

2026年7月28日の令和8年熊本地震を受けて、熊本県社会福祉協議会は7月29日に熊本県災害ボランティアセンターを設置し、各市町村での受け入れ体制の整備が進んでいます(※1)。現地での支援活動を予定されている方に向けて、破傷風ワクチンについて整理します。

なぜ、災害ボランティアで破傷風が問題になるのか

破傷風菌は、芽胞という硬い殻をかぶった形で土壌中に広く常在しています。この芽胞が創傷部位から体内に入り、感染した部位で発芽・増殖して毒素を産生します(※2)。土そのものが感染源であり、人から人にうつる病気ではありません。裏を返せば、土に触れる作業が増えれば、それだけ機会が増えるということです。

災害後の片づけ作業がリスクになる理由は、大きく三つあります。

一つめは、傷ができやすいこと。倒壊家屋の片づけ、瓦礫の撤去、泥出しといった作業では、釘の踏み抜き、ガラスや金属片による切創、重量物に挟まれての挫滅創が起こります。土や泥などに汚染された傷、壊死組織のある傷、挫滅や剥離を伴う傷は、破傷風のリスクが高い傷として扱われます(※3)。

二つめは、その傷が菌にとって好都合な環境になること。破傷風菌は酸素のない状態で増殖します。深い刺し傷や、組織が押しつぶされた傷は、内部が酸素の乏しい状態になり、菌が増えやすい環境になります。傷の見た目の大きさと危険度は比例しません。小さな刺し傷のほうが、かえって条件が揃うことすらあります。

三つめは、被災地では手当てが遅れること。被災地では沈降破傷風トキソイドや抗破傷風免疫グロブリン(TIG)の供給が間に合わず、受傷後の開創も遅れる事例が多くなり、破傷風発症の危険度が高くなるとされています(※4)。「ケガをしたら現地で処置してもらえばいい」という前提は、災害の初期には成り立ちません。医療機関自体が被災しているからです。

実際に、東日本大震災では発生が増えました

これは理屈だけの話ではありません。
東日本大震災では、震災に関連する破傷風患者が岩手県と宮城県などから10例報告されました(発病と診断は2011年3〜4月)(※2)。被災三県を感染地とする報告数は、2006年から2010年までは年平均5例でしたが、2011年は13例に増え、そのうち10例が震災関連でした(※2)。
ただし、ここは正確にお伝えします。この震災関連の10例は、全員が55歳以上で、年齢の中央値は67歳(56〜82歳)でした(※2)。発症したのは、破傷風ワクチンの定期接種が始まる前に生まれた世代です。
つまり、災害後に土に触れる人が増えれば菌に触れる機会は確実に増えますが、実際に発症するかどうかは、そのときに守りがあるかどうかで決まります。だからこの記事では、あなたにとって今回の接種が初めての接種なのか、追加接種なのか、というところから整理します。


現地に向かう世代は、ほぼ全員がすでに接種済みです

日本では1968年に三種混合ワクチン(DPT)が定期接種となり、破傷風の報告数は激減しました(※5)。裏を返せば、1968年以降に生まれた方 ── 2026年現在でおおむね57〜58歳以下の方は、小児期に破傷風トキソイドを含むワクチンを受けているのが標準です。

現在も年間約100例の報告がありますが、その中心はワクチン接種歴のない高齢者です(※5)。先ほどの東日本大震災の10例が全員55歳以上だったことも、これと同じ構図です。災害ボランティアとして現地に入る年齢層は、この「未接種世代」とほとんど重なりません。
つまり今回の接種は、多くの方にとって「ゼロから免疫をつくる」話ではありません。すでにある免疫を呼び覚ます追加接種(ブースター接種)になります。


打ってあるのに、なぜ追加接種が必要なのか

破傷風トキソイドでつくられた抗体は、時間とともに減っていきます。国内の指針でも、破傷風トキソイドを含むワクチンの初回免疫3回を終えていても、最後の接種から10年以上経っていれば1回の接種が推奨されています(※3)。
小児期の最終接種は、二種混合ワクチン(DT)を受ける11〜12歳です。いま30代・40代の方であれば、そこから20年、30年が経過している計算になります。抗体が下がっているのは体質でも接種の失敗でもなく、時間の経過による当然の変化です。

追加接種で、抗体はどれくらい上がるのか

ここが今回いちばんお伝えしたい点です。
チェコで行われた研究では、24〜65歳の健康な成人200人 ── 全員が小児期に5回の接種を完了し、前回の接種から10〜15年が経過していた方々に、破傷風トキソイド単独のワクチンを1回追加接種し、接種前と接種4週後の抗体を比べています(※6)。結果は次のとおりでした(※6)。

  • 接種前の抗体が集団の中央値(1.2 IU/mL)より低かった人では、抗体が15.8倍(95%信頼区間 13.9〜18.1)に上昇した
  • 逆に、接種前からすでに高かった人(2.2 IU/mLを超える群)では、上昇は2.4倍(同 2.1〜2.7)にとどまった
  • 1人を除く全員が、接種後に1.0 IU/mLを超える抗体値に達した

読み取っていただきたいのは、抗体が下がっている人ほど、追加接種でよく上がるということです。
ただし、この研究の抗体測定は接種の4週後に行われています(※6)。「今日打って明日から守られる」ことを示したデータではありません。出発が迫っている方が接種する意味はありますが、可能であれば日程に余裕をもってご相談ください

国内の添付文書でも、初回免疫と追加免疫を完了した方には数年ごとの再追加免疫として1回0.5mLを接種すること、その間隔は職業やスポーツの実施状況を考慮することが示されています(※7)。土に触れる作業に入る前というのは、まさにこの「考慮すべき状況」にあたります。

例外:幼少期に接種していない場合は、追加接種になりません

ここが唯一かつ重要な例外です。
追加接種でこれだけ抗体が上がるのは、体に免疫の記憶があるからです。その記憶がない方が1回接種しても、同じようには上がりません。
国内の添付文書では、未接種の方に0.5mLを4週間隔で2回接種する初回免疫を行い、接種終了後4週の時点で防御に有効とされる0.01 IU/mL以上に達したのは、乳幼児52/52例(100%)、学童・中学生168/178例(94.4%)に対して、成人・高齢者では93/123例(75.6%)でした(※7)。1回ではなく2回接種したあとの数字で、これです。

さらに、2回で得た抗体も時間とともに下がるため、6〜12か月あるいは1年半後に3回目を接種してはじめて、約4〜5年の免疫状態が続くとされています(※7)。未接種の方にとって、1回の接種は「守られた状態」を意味しません。

日本で該当する可能性があるのは、次の方々です。

  • 1968年より前に生まれた方(2026年現在でおおむね58歳以上)
  • 母子健康手帳が手元になく、接種歴がはっきりしない方 ── 接種歴が不明な場合は、未接種として扱うのが原則です(※3)

該当しそうな方は、1回打って安心するのではなく、何回必要かを含めて組み立て直す必要があります。


当院での接種について

  • 対象:熊本での災害ボランティア活動に参加される方(お子さんがいない成人の方も対応します
  • 費用:無料でお受けします
  • 時間:専用の接種枠は設けていません。通常診療の合間にご案内しますので、一度お電話(もしくはLINE相談)ください。
  • お持ちいただくもの:母子健康手帳や、これまでの接種記録があればお持ちください。ボランティア活動の証明などは不要です。
  • 在庫:破傷風トキソイド単独の製剤は、2025年に出荷停止や限定出荷が続き、供給不足の可能性があると学会から注意喚起が出された経緯があります(※9)。当院で確保できる本数にも限りがあり、ケガをされた方の治療目的の接種を優先する必要があります

接種部位の発赤、腫れ、痛み、しこりは起こりうる反応です。多くは2〜3日で消えますが、しこりは1〜2週間残ることがあります(※7)。


詳しくはお問い合わせください

ここまで一般論として書いてきましたが、実際に何回必要かは、生まれ年と接種記録を見ないと決まりません。母子健康手帳が見つからない、記録はあるが読み方がわからない、出発まで日数がない ── そうしたご相談で構いません。

あわせて、現地でケガをしたときは、まず傷を十分に洗い、泥や異物を取り除くことが最優先です(※3)。土や泥で汚れた傷、深い刺し傷、組織が挫滅した傷はリスクの高い傷として扱われますので、受診の際には「いつ破傷風のワクチンを受けたか」を必ずお伝えください(※3)。

支援に向かう方が現地で倒れてしまえば、助けたい相手の負担が増えます。ワクチンはそれを減らすための備えのひとつです。判断に迷われたら、まずは当院までお問い合わせください。

参考文献

※1 社会福祉法人 熊本県社会福祉協議会. 熊本県災害ボランティアセンターの設置について. 2026年7月29日. https://www.fukushi-kumamoto.or.jp/pages/52/detail=1/b_id=251/r_id=2202

※2 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト. IDWR 2012年第44号 速報「東日本大震災に関連した破傷風 -1:2006〜2011年における全国および被災三県の発生状況-」. https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/diseases/ha/tetanis/2937-idwrs-1244.html

※3 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト. 破傷風(詳細版). 2021年1月12日改訂. https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/tetanus/detail/index.html

※4 竹村弘. ⓔコラム7-3-2 東日本大震災と破傷風発生. 朝倉書店『内科学』第12版 デジタル付録. https://www.asakura.co.jp/lp/naikagaku12ed/digitalappendix/

※5 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト. 破傷風. 2025年5月23日更新. https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/tetanus/index.html

※6 Petráš M, Oleár V. Predictors of the immune response to booster immunisation against tetanus in Czech healthy adults. Epidemiology and Infection. 2018; 146(16): 2079-2085. PMID: 30136643

※7 デンカ株式会社. 沈降破傷風トキソイド「生研」添付文書. 2025年12月改訂(第3版). https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00006072

※8 国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト. 百日咳(詳細版). https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/pertussis/detail/index.html

※9 一般社団法人日本感染症学会. 破傷風トキソイド供給不足への対応について. 2025年7月30日. https://www.kansensho.or.jp/uploads/files/news/gakkai/gakkai_toxoid_250730.pdf

※10 独立行政法人医薬品医療機器総合機構. 医薬品副作用被害救済制度の給付対象. https://www.pmda.go.jp/relief-services/adr-sufferers/0011.html