子どもの腹痛、なぜいつも「おへその周り」?
―内臓痛と体性痛から考える、痛みの場所の読み方―
「どこが痛いの?」と聞くと、おへその周りを手のひらで示す。
別の日に腹痛が起きても、やはり同じ場所を指す。
子どもがうまく説明できないだけなのでしょうか。
実は、それだけではありません。胃や腸などから生じる「内臓痛」は、もともと場所を細かく示しにくい痛みです。
ただし、「どこか分からない痛み」でもありません。内臓痛にも大まかな地図があり、みぞおち、おへその周り、下腹部という「地区」くらいまでは分かります。
子どもがおへその周りを示すことは、曖昧で役に立たない訴えではありません。おなかの中のどの領域から痛みが届いているかを考える、最初の手掛かりになります。
指先なら分かる「2点」が、前腕では「1点」になる
皮膚の感覚にも、場所によって「解像度」の違いがあります。
目を閉じて、少し離した二つの先端を同時に皮膚へ軽く当てる「二点識別」という検査があります。
指先や手のひらでは、近い二つの刺激でも「2か所に触れた」と分かります。ところが、同じ間隔で前腕に当てると、二つの刺激が一つに重なって感じられることがあります(※1)。
指先には感覚の受容器が密にあり、一つの神経が担当する範囲である「受容野」も小さいためです。前腕では受容器の密度が低く、受容野が広いため、同じ二つの刺激でも位置を分けにくくなります(※1)。
これは痛みそのものではなく、触覚の空間分解能を調べる検査です。ただ、「体のどこでも同じ細かさで場所が分かるわけではない」という神経の原則を、とても分かりやすく示しています。
皮膚の上でも、指先は「番地」まで分かりやすく、前腕はもう少し大きな区画として感じます。内臓痛の地図は、さらに大づかみです。
内臓痛は「番地」は苦手でも、「地区」までは分かります
内臓から脊髄へ入る感覚線維は、皮膚に比べて少なく、一つの線維が受け持つ範囲も広いという特徴があります。さらに、複数の内臓から来た信号と皮膚・筋肉から来た信号が、脊髄の同じ神経細胞へ集まります(※2)。
そのため脳は、「胃のこの一点」「小腸のこの部分」と番地まで当てることは苦手です。
一方で、まったく地図がないわけではありません。消化管は発生学的に前腸・中腸・後腸という三つの領域に分かれ、それぞれ異なる神経経路と脊髄分節に対応します。内臓痛は、その対応関係を反映して、腹部正中の三つの大まかな領域に感じられます(※3、※4)。
- 前腸の領域:胃、肝臓・胆道、膵臓、十二指腸の一部など。痛みは主に「みぞおち」に感じます
- 中腸の領域:小腸、虫垂、上行結腸など。痛みは主に「おへその周り」に感じます
- 後腸の領域:下行結腸、S状結腸、直腸上部など。痛みは主に「下腹部の真ん中」に感じます
つまり内臓痛は、「どこか分かりません」ではなく、「上腹部・臍周囲・下腹部という地区までは分かるが、臓器や一点までは分かりにくい痛み」です。
腹腔神経節などは「三つの地区から集まる幹線道路」です
この三つの領域は、神経の走り方にも表れています。
前腸の神経は腹腔神経叢・腹腔神経節、中腸は上腸間膜神経叢・上腸間膜神経節、後腸は下腸間膜神経叢・下腸間膜神経節と深く関係します。神経叢は神経線維が網のように集まる場所、神経節は神経細胞が集まる場所です(※4)。
町にたとえるなら、前腸・中腸・後腸は三つの地区です。それぞれの地区からの神経は、腹腔、上腸間膜、下腸間膜という別々の幹線道路や交通結節を通り、内臓神経に沿って脊髄へ向かいます。
ただし、痛みを脳へ運ぶ求心性線維が、これらの神経節で必ず一度乗り換えるという意味ではありません。痛みを運ぶ神経細胞の本体は、脊髄の近くにある後根神経節にあります。腹腔・腸間膜神経節を「痛みの通報をまとめ直す駐在所」と考えるより、「同じ地区の神経が集まって走る交通結節」と考える方が正確です(※2、※4)。
また、尿路や生殖器には下腹神経叢など別の経路もあります。すべての腹痛を三つの領域だけで説明できるわけではありません。
なぜ子どもは「おへその周り」を痛がるのでしょうか
小腸や虫垂など、中腸領域からの内臓痛は、臓器の真上ではなく、おへその周りに感じられます。便秘、胃腸炎、腸間膜リンパ節炎、機能性腹痛など、子どもによくある腹痛でも臍周囲痛がみられます(※3、※5、※6)。
ただし、臍周囲痛という場所だけから、原因となる臓器や病名を決めることはできません。虫垂炎の初期、腸重積、腸閉塞などでも、臍周囲の内臓痛から始まることがあります。
さらに、小さな子どもは痛みを言葉や指一本で示すことが難しく、手のひらで広く示しやすいという発達上の事情も重なります(※5)。
したがって、「おへその周り」という答えは、単に説明が下手なのでも、いつも同じことを言っているのでもありません。
中腸領域から届く、位置の解像度が粗い内臓痛として、医学的に筋の通った訴えです。
腸は、どんなときに痛みを伝えるのでしょうか
腸は、食べ物や便が通るたびに痛むわけではありません。
しかし、ガスや便、腸液などで腸壁が強く伸ばされたとき、腸が強く収縮したとき、炎症や血流障害が起きたときには、腸の知覚神経が刺激されます(※2)。
このような内臓痛は、次のような形になりやすい痛みです。
- おへその周りなど、腹部の中央に感じる
- 指一本ではなく、手のひらで広く示す
- 重い、苦しい、しぼられるように感じる
- 強くなったり弱くなったり、波がある
- 吐き気、顔色不良、冷や汗を伴うことがある
「疝痛(せんつう)・蠕動痛」は、この内臓痛のうち、腸などの管状の臓器が強く収縮したり伸ばされたりして生じる、波のある痛みを説明する言葉です。
体性痛になると、「地区」から「番地」へ変わります
腹痛には、内臓痛とは別に「体性痛」があります。
炎症が臓器の表面を越えて、おなかの壁側の腹膜まで及ぶと(痛みが悪くなると)、体性痛が加わります。壁側腹膜は体壁の神経で細かく支配されているため、痛みは一か所に集まりやすくなります(※5)。
内臓痛が「この地区が痛い」という通報なら、体性痛は「この番地が痛い」という通報です。
- 手のひらで広く示す、波がある、腹部正中に感じる:内臓痛らしい
- 指一本で示す、同じ場所が続けて痛い、動くと響く:体性痛らしい
体性痛では、歩く、跳ぶ、咳をする、車の振動といった動作で痛みが響き、子どもがじっと動かなくなることがあります(※5、※6)。
ただし、これは家庭で診断を決める公式ではありません。二つの痛みが混ざることも、典型的な訴えにならないこともあります。
虫垂炎で「おへその周り」から右下腹部へ移る理由
この変化が分かりやすい例が虫垂炎です。
虫垂は中腸に属します。虫垂炎の初期には、虫垂の内側が詰まって膨らむことで内臓痛が生じるため、痛みはおへその周りに感じられます(※3、※5)。
炎症が進み、右下腹部の壁側腹膜まで刺激されると体性痛が加わり、「右下のここが痛い」と場所がはっきりしてきます。
痛みが移動したように見えるのは、虫垂が移動したからではありません。「中腸という地区の痛み」から「右下腹部という番地の痛み」へ、主に感じる痛みの種類が変わったためです。
ただし、虫垂炎が必ずこの順番になるわけではありません。特に幼い子どもでは典型的な症状がそろわないため、「右下腹部へ移らないから虫垂炎ではない」とは判断できません(※5、※6)。
家庭では、この6点を見てください
腹痛が起きたら、次の点を確認します。
- 手のひらで広く示すか、指一本で一点を示すか
- みぞおち、臍周囲、下腹部のどの地区に近いか
- 痛みは波があるか、途切れず続くか
- 痛みのない時間には、いつもの表情や動きに戻るか
- 歩く、立つ、軽く跳ぶ、咳をする動作を嫌がらないか
- 痛みが一か所に集まったり、右下腹部へ移ったりしていないか
あわせて、発熱、嘔吐、下痢、便秘、血便、排尿時痛、陰嚢の痛みや腫れがないかも確認します。
一回の診察で答えが出ない腹痛では、時間をおいて繰り返し診察することに意味があります。検査も、臍周囲痛という場所だけで一律に行うのではなく、経過や診察から疑う病気に合わせて選びます(※6)。
早めに受診してほしいサイン
次のような場合は、「いつものおへその周りの痛み」と決めず、早めに受診してください。
- 痛みが強くなる、途切れず続く
- 痛む場所が右下腹部など一か所にはっきりしてくる
- じっと丸まって動きたがらない、歩けない、跳べない
- おなかが張る、硬い、触ると強く嫌がる
- 強い波のある痛みを繰り返し、顔色が悪くなる、ぐったりする
- 何度も吐く、緑色のものを吐く
- 血便が出る
- 水分が取れない、尿が減る
- 陰嚢の痛みや腫れがある
痛み止めは、必要に応じて使ってかまいません。適切な鎮痛が、重大な病気の診断を隠すとは考えられていません(※6)。ただし、薬で一度楽になったことは「危険な病気ではない」という証明にはなりません。
子どもがおへその周りを痛がるのは、単に説明が苦手だからではありません。
「おへその周り」は、役に立たない答えではありません。
その場所を出発点に、「波があるか」「一点に集まってきたか」「動くと響くようになったか」という変化まで見ていくことが、子どもの腹痛を安全に読み解く手掛かりになります。
参考文献
※5 急性腹症診療ガイドライン2025改訂出版委員会(編). 急性腹症診療ガイドライン2025 第2版. 医学書院; 2025.

