「1歳未満にハチミツはダメ」の先にある、本当のリスクの大きさ
赤ちゃんがハチミツをなめてしまった。上の子が食べさせた、パンに入っていた、スプーンをなめた。そんな相談を当院でも受けます。
調べると「1歳未満にハチミツを与えてはいけない」ばかりが出てきます。正しい注意ですが、もう口に入ってしまったあとには役に立ちません。
知りたいのは「うちの子はどうなるのか」「今から何をすればいいのか」です。
今元気なら、救急も、吐かせることも要りません
一度なめた程度で乳児ボツリヌス症を発症することは、極めてまれです。今、普段どおり機嫌がよく、母乳やミルクを飲めていれば、救急で受診する必要はありません。無理に吐かせる必要もありません。発症前に菌が入ったかを調べる検査も、発症を防ぐ薬もありません。
米国カリフォルニア州の乳児ボツリヌス症治療予防プログラム(IBTPP)も、「赤ちゃんにハチミツを与えてしまった。どうすればよいか」という質問に、1回の摂取を特に高リスクとは考えていない、すべての瓶に芽胞が入っているわけではない、次の数週間に症状に気づいたらかかりつけ医へ、と答えています(※12)。
やることは1つです。これからの3〜30日、普段の生活を続けながら「これまでと違う便秘」を目印に様子を見ておく。それだけです。
なぜ赤ちゃんだけが問題になるのか
ボツリヌス菌は土の中などに広くいる細菌で、乾燥や熱に強い「芽胞(がほう)」という休眠状態の粒をつくります(※2)。ハチミツに入っているのは毒素ではなく、この芽胞です。
大人や1歳以上の子がこの芽胞を飲み込んでも、腸にすでに住む細菌との競争に負けるため、通常は何も起こりません(※1)。ところが1歳未満の赤ちゃんは腸内細菌の環境がまだ整っておらず、芽胞が腸の中で発芽し、増え、毒素を出すことがあります(※1、※2)。菌が「腸の中で増えてから」毒素を出すので、食べてすぐには何も起きません。この「ゆっくり」が見守り方の根拠になります。
なお、この芽胞は熱に強く、死なせるには120℃で4分以上の加熱が要ります(※1、※10)。厚生労働省は「通常の加熱や調理では死にません」と明記しています(※1)。パンやお菓子は高温のオーブンで焼きますが、生地のように水分を含む食品の中身は100℃までしか上がらず(※24)、100℃程度では長い時間加熱しても殺菌できません(※10)。ハチミツ入りのパンや焼き菓子、飲み物も同じ扱いです。
ハチミツの中に、菌はどれくらい入っているのか
「なめたら必ず菌が入る」わけではありません。1986年に厚生省(当時)が国内で流通するハチミツなど512検体を調べたところ、芽胞が検出されたのは27検体、5.3%でした(※4)。1990年に発表された国内調査では、国産・輸入あわせて270検体中23検体(8.5%)で、市販流通品に限ると5%でした(※5)。米国の調査では90検体中9検体(10%)です(※7)。20本に1本から10本に1本ほどの瓶に入っている、ということです。
入っていても量はごくわずかで、国内調査では陽性検体の多くが1グラムあたり1個以下(※5)、米国の調査でも最大で25グラムあたり7個でした(※6)。ただし、これらは30年以上前の調査で、瓶によってばらつきがあります。「この瓶は安全」とは誰にも言えません。だから「1歳未満には与えない」が正しい予防です。
日本で、実際にどれくらい起きているのか
乳児ボツリヌス症は日本では1986年に初めて確認され、2017年2月までの約30年間で36事例が報告されています(※3)。感染症法での届出は、2005年から2024年の20年間で27人、年に0〜5人です(※9)。
1987年には1年で9例が報告され、全員がハチミツを与えられていました(※23)。これを受けて同年10月に厚生省が「1歳未満にハチミツを与えない」と通知し(※10、※23)、以降、ハチミツが原因の発症は激減しました(※8)。1990年から2017年までの25例のうち、ハチミツが原因と推定されたのは2017年の東京都の1例だけで、残る24例は土やホコリなど周囲の環境から芽胞を取り込んだと考えられています(※8)。
その2017年の例は、生後5か月の男児が、発症の約1か月前から離乳食として市販のジュースにハチミツを混ぜたものを飲んでいたものでした(※10)。国内の公的資料で死亡が報告されているのは、この1例です(※3、※10)。「うっかり1回なめた」のとは、摂取の仕方が違います。米国も同じで、2007〜2021年の世界集計2,943例のうち、米国の症例でハチミツ摂取歴があったのは3.8%でした(※14)。米国では2019年に152例、2021年に181例が報告されています(※15)。
ではハチミツ以外の原因は何かというと、多くは土やホコリです。ボツリヌス菌は土壌の細菌で、家の中の床やカーペット、調理台からも、掃除のあとでさえ見つかります(※16)。米国では何百という食品や飲み物を調べても出てこず、大半は目に見えないホコリを飲み込んだと考えられています(※12)。国内では、井戸水と自家製の野菜スープが原因と推定された例があります(※1、※3)。CDC(米国疾病予防管理センター)が「大半は予防できない」と書いているのはこのためです(※16)。今できる予防は、1歳まではハチミツを与えないことと、井戸水を使わないことの2つです(※11、※12)。
なぜ、最初のサインが便秘なのか
ボツリヌス毒素は、神経の終わり(神経終末)に取り込まれ、そこでアセチルコリンという伝達物質を放出する仕組みそのものを壊します(※25)。アセチルコリンが出なければ、その神経がつながっている先は動きません。骨格筋なら力が入らなくなる。これが乳児ボツリヌス症の筋力低下です。
ただし、アセチルコリンで動いているのは骨格筋だけではありません。毒素は神経筋接合部と同じように、自律神経の終末にも作用します(※25)。腸の動きに関わる神経もアセチルコリンを使っています。ここが止まれば腸の動きが鈍り、便が進まなくなる。便秘は、筋力低下と同じ仕組みが腸で起きた結果です(※26)。実際、後述する多くの症例では、骨格筋と自律神経の両方に症状が出ていることからアセチルコリン作動性の神経遮断が疑われ、診断につながっています(※8)。
では、なぜ筋力低下より先に出るのか。乳児ボツリヌス症では、毒素は腸の中で作られ続けます。腸の壁の神経は、その毒素に最も高い濃度でさらされる場所なんです。
腸が先に鈍り、そのあとで顔から体へ筋力低下が広がる。便秘が目印として使えるのは、この順番があるからです。
なめてから何日、何を見ればよいのか
潜伏期間ははっきりしませんが、3〜30日と推定されています(※3、※13)。長いですが、この間ずっと見張る必要はありません。
乳児ボツリヌス症は、一般的には、何の前触れもなく突然呼吸が止まる病気ではありません(※19)。最初に気づかれるのは多くの場合「便秘」で、多くは3日以上続きます(※3)。その後に、哺乳する力の低下、元気のなさ、泣き声が小さく弱くなる、表情が乏しくなる、まぶたが下がる、首がすわらなくなる、手足がだらんとする、といった形で、数日かけて筋力低下が顔から体へ広がっていきます(※2、※3、※4)。嘔吐や下痢は通常ありません(※4)。
夜も同じです。寝る前や夜間授乳・おむつ替えのときに、飲み方・泣き声・手足の動き・呼吸・顔色がいつもどおりかを見れば十分で、寝ずに見張る必要はありません。
便秘だけでは受診しなくてよい。「便秘のあとに、力が抜ける」で受診してください
赤ちゃんの便秘はよくあることで、そのほとんどは乳児ボツリヌス症ではありません(※12)。ハチミツをなめたあとに便秘になっても、機嫌がよく、飲めていて、泣き声や手足の動きがいつもどおりなら、夜間や休日に急ぐ必要はありません。これまでと違う便秘が3日以上続くなら、診療時間内にご相談ください。
受診を急ぐのは、便秘に続いて筋力低下を示す変化が加わったときです(※11)。便秘に加えて次の変化があった場合です。
・吸う力が弱くなった
・飲み込みにくそう、むせる
・泣き声がいつもと違って弱い
・表情が乏しい
・まぶたが下がっている
・首や手足がだらんとする
これらのどれかが便秘に加わったら、朝まで待たずに受診してください。便秘がはっきりしなくても、これらの変化が明らかなら同じです。便秘は気づきやすい入口ですが、必ず先に来るとは限らず、飲む力の低下から見つかることもあります(※12)。受診時には「◯日前にハチミツをなめた」と必ず伝えてください。疑わなければ診断に時間がかかります(※11)。
もし発症したら:長くかかりますが、治る病気です
発症した場合は入院します。治療の中心は、呼吸と栄養を支える対症療法です(※3、※18)。乳児には大人に使う抗毒素は使いません(※18)。米国では毒素に対するヒト免疫グロブリン製剤(BabyBIG)が使われ、122人の臨床試験で平均入院期間が5.7週から2.6週に短くなりました(※17)。
国内で最近報告された3人は、いずれもハチミツ歴のない例です。2011年、大阪の生後6か月の男の子は、排便が止まった日を1日目として6日目に哺乳不良、8日目に飲めなくなって入院し、12日目と17日目に一時的に呼吸が止まって人工呼吸となり、退院は82日目でした(※19)。2018年に報告された岐阜の生後6か月の女の子は、入院の3日前からの便秘と前日からの哺乳量低下で受診し、入院3日目に一時的に呼吸が止まり、入院50日目に退院しています(※19)。2017年、大分で報告された生後11か月の男の子は、便秘が目立たないまま、急にはいはいをしなくなったことから始まりました。4日目に泣き声が弱く無表情となって入院、7日目に飲めなくなり、まぶたが下がりましたが、人工呼吸は不要で、45日目に退院し、その後の外来でも後遺症は出ていません(※8)。
3人とも筋力が戻って退院しています。共通するのは、変化が数日かけて積み重なる点です。大分の子のように、便秘がはっきりしないまま力の低下から始まることもあります。毒素は脳に入らず(※25)、神経の末端が再生すれば筋力は戻ります。二度かかった例は知られていません(※12)。
米国で1975年から2009年までに確定した2,352例のうち、亡くなったのは18例(0.8%)でした(※22)。厚生労働省の表現でも「ほとんどの場合、適切な治療により治癒しますが、まれに亡くなることもあります」です(※1)。回復後も数か月は便から菌が出ますが、人から人へはうつりません(※3、※12)。
診療側の落とし穴
ハチミツを食べていないことは、除外の根拠になりません。逆に、なめたという事実だけで検査や入院を勧めるのも過剰です。判断するのは便秘に続く筋力低下という組み合わせです。月齢も油断できません。発症の中央値は3〜4か月、カリフォルニアの集計では88%が6か月以下ですが(※15、※20)、国内では11か月の発症が3例あり(※8)、「もうすぐ1歳」は成り立ちません。
初期に咳や鼻水を伴った例もあり(※10)、かぜと見誤ります。便の検査は日数がかかるため(大阪の例では28日目に判明)、診断は臨床所見で先に動きます(※19)。母乳は問題ありません。授乳中にハチミツを食べても、赤ちゃんにうつることはありません(※12、※13)。
まとめ
一度なめた程度で発症することは極めてまれで、今元気に飲めていれば、救急も、吐かせることも要りません。これから3〜30日は、普段どおり過ごしながら「これまでと違う便秘」を目印にしてください。ただし便秘は目印であって、それ自体が受診理由ではありません。便秘だけなら診療時間内の相談で十分です。便秘に、吸う力・泣き声・表情・首や手足の力の変化が加わったら、その日のうちに受診してください。便秘がはっきりしないまま、これらの変化から始まることもあります。
1歳を過ぎればハチミツは普通に食べられます。1歳以上の咳には役立つ食品でもあります(当院コラム「その咳、いつまで待つか」)(※21)。
参考資料
※1 厚生労働省「ハチミツを与えるのは1歳を過ぎてから。」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000161461.html
※2 消費者庁「ハチミツによる乳児のボツリヌス症」(2022年12月更新) https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_safety/food_safety/food_safety_portal/microorganism_virus/contents_001/
※3 食品安全委員会 ファクトシート「ボツリヌス症」(2021年3月更新) https://www.fsc.go.jp/factsheets/index.data/20210330botulism.pdf
※4 乳児ボツリヌス症予防対策検討会「乳児ボツリヌス症予防対策について」病原微生物検出情報(IASR)1987年11月 https://idsc.niid.go.jp/iasr/CD-ROM/records/08/09303.htm
※5 Nakano H, et al. Incidence of Clostridium botulinum in honey of various origins. Jpn J Med Sci Biol. 1990;43(5):183-95. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/2093130/
※6 Sugiyama H, et al. Number of Clostridium botulinum spores in honey. J Food Prot. 1978;41(11):848-50. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/30812109/
※7 Arnon SS, et al. Honey and other environmental risk factors for infant botulism. J Pediatr. 1979;94(2):331-6. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/368301/
※8 小林修ほか「生後11か月の乳児に発症した乳児ボツリヌス症の1例」IASR 2018;39:180. https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/botulinum-m/botulinum-iasrd/8374-464d03.html
※9 国立健康危機管理研究機構 感染症発生動向調査 年別一覧(全数把握 四類)2024 https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/idwr/idwr/2024/year-data/04/index.html
※10 厚生労働省事務連絡「蜂蜜を原因とする乳児ボツリヌス症による死亡事案について」(2017年4月7日、別添:東京都福祉保健局報道発表) https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-11130500-Shokuhinanzenbu/0000161263.pdf
※11 日本小児科学会「蜂蜜による乳児ボツリヌス症の発症について」(2017年) https://www.jpeds.or.jp/society-activities/column/proposals-assertions/50093.html
※12 California Department of Public Health, Infant Botulism Treatment and Prevention Program. Frequently Asked Questions. https://www.infantbotulism.org/general/faq / https://www.cdph.ca.gov/Programs/CID/DCDC/CDPH%20Document%20Library/FAQs_English_Updated_March2022_ADA.pdf
※13 American Academy of Pediatrics, HealthyChildren.org. Botulism: Causes, Signs, Symptoms and Treatment(2025年12月更新) https://www.healthychildren.org/English/health-issues/conditions/infections/Pages/Botulism.aspx
※14 Dabritz HA, et al. Global Occurrence of Infant Botulism: 2007-2021. Pediatrics. 2025;155(4):e2024068791. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/40132623/
※15 CDC. National Botulism Surveillance Summary, 2019 / 2021. https://www.cdc.gov/botulism/php/national-botulism-surveillance/2019.html / https://www.cdc.gov/botulism/php/national-botulism-surveillance/2021.html
※16 CDC. Botulism Prevention(2026年2月更新) https://www.cdc.gov/botulism/prevention/index.html
※17 Arnon SS, et al. Human botulism immune globulin for the treatment of infant botulism. N Engl J Med. 2006;354(5):462-71. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/16452558/
※18 国立健康危機管理研究機構「ボツリヌス症」(2025年4月更新) https://id-info.jihs.go.jp/infectious-diseases/botulism/index.html
※19 吉川聡介ほか「大阪府で発生した国内31例目の乳児ボツリヌス症例」IASR 2012;33:100-101. https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/botulinum-m/botulinum-iasrd/1811-kj3863.html /「岐阜県で発症した2例目の乳児ボツリヌス症」IASR 2018;39:178-179. https://id-info.jihs.go.jp/niid/ja/botulinum-m/botulinum-iasrd/8373-464d02.html
※20 Panditrao MV, et al. Descriptive Epidemiology of Infant Botulism in California: The First 40 Years. J Pediatr. 2020;227:247-57. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32800814/
※21 なかのこどもクリニック「その咳、いつまで待つか」 https://nakanokodomo.jp/column/324/
※22 Jackson KA, et al. Botulism mortality in the USA, 1975-2009. Botulinum J. 2015;3(1):6-17. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28603554/
※23 国立感染症研究所感染症情報センター「Botulism, Japan」病原微生物検出情報(IASR)2000;21(3)(通巻241号). https://idsc.niid.go.jp/iasr/21/241/tpc241.html
※24 東京都南多摩保健所「ハチミツによる乳児ボツリヌス症から赤ちゃんを守りましょう」(2019年9月更新) https://www.hokeniryo.metro.tokyo.lg.jp/documents/d/hokeniryo/hachimitsu
※25 幸田知子、小崎俊司「ボツリヌス毒素」脳科学辞典(2020年6月更新)DOI: 10.14931/bsd.4915 https://bsd.neuroinf.jp/wiki/ボツリヌス毒素
※26 Fabris F, et al. Enteric botulinum neurotoxins facilitate infection by Salmonella and Shigella. Sci Adv. 2026;12(9):eady9407. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/41739930/

