インフルエンザワクチンの注射は、なぜ腫れて熱をもつの?
―皮下注射・筋肉注射・フルミストの違い―
「インフルエンザの注射のあと、腕が赤く腫れて熱っぽい」「去年より腫れた気がする」――毎年この時期、当院にもこうしたご相談が届きます。驚かれるのは当然ですが、多くは体がワクチンにきちんと反応しているサインで、数日で落ち着きます。このコラムでは、なぜ腫れるのか、本当に「熱が出やすい」ワクチンなのか、フルミストや筋肉注射とでは何が違うのかを、根拠に沿って整理します。
まず整理:「熱をもつ」と「熱が出る」は別のもの
ご相談でいちばん多い誤解がここです。注射した場所が赤く、触ると熱い状態(熱感:ねっかん)と、体温計で測って熱がある状態(発熱)は、別の反応です。
国内のインフルエンザHAワクチン(皮下注射)の添付文書では、小児の発熱は「0.1〜5%未満」に分類されています(※1)。国内で0〜5歳の1,538人を調べた研究でも、37.5℃以上の発熱は約3%にとどまり、いちばん多かったのは注射部位の赤み(19%)でした(※2)。一方、同じ添付文書の臨床試験では、3〜13歳未満のお子さんで注射部位の熱感が14.7%、赤みが35.3%に見られています(※1)。
比べると分かりやすいのが、乳児期に受ける肺炎球菌ワクチン(プレベナー20)です。こちらは小児の臨床試験で発熱(37.5℃以上を含む)が39.4%と記載されています(※3)。つまりインフルエンザワクチンは「体温が上がりやすいワクチン」ではなく、「腕に反応が出やすいワクチン」と考えるのが実態に近いといえます。
なぜ腫れて、熱感が出るのか
体の「見張り役」が反応している
ワクチンを注射すると、その場所にいる免疫の見張り役の細胞(マクロファージなど)がワクチンの成分を「異物」として認識し、血管を広げる物質や、白血球を呼び寄せる物質を放出します。血管が広がって血流と水分が集まることで、赤み・腫れ・熱感が生じます(※4)。これは本来の目的である「免疫をつくる」反応の入り口でもあります。
この炎症の物質の一部が血液に乗って脳に届くと、体温の調節センターでプロスタグランジンE2という物質が増え、体温が上がります。これが接種後の発熱やだるさの仕組みです(※4)。
こうした反応はどのワクチンでも一定程度起こりますが(※4)、腫れの出方には「年齢」「これまでの接種歴」「注射の深さ」が関わります。
年齢と接種歴で、腕の反応は大きくなる
インフルエンザワクチンは、生後数か月から始まる肺炎球菌ワクチンなどと違い、幼児・学童から大人まで幅広い年齢で毎年接種されます。この「年齢」が反応の出方に関わっています。
乳幼児は大人に比べて注射部位の反応が少ない一方、発熱は起こしやすいことが知られています。また、子どもの成長とともに免疫の仕組みが成熟するにつれて、接種後の反応の報告は増えていきます(※4)。国内の研究でも、2歳未満のお子さんは局所反応が起きにくい傾向でした(※2)。添付文書の臨床試験でも、副反応(大半は注射部位の反応)は6か月〜3歳未満で29.4%、3〜13歳未満で55.9%でした(※1)。成人では、同じ製法のHAワクチンを皮下接種した試験で、1回目の副反応が65.0%(主に注射部位の赤み・痛み・熱感)と報告されています(※1)。
もう一つ大切なのが「毎年の接種歴」です。前述の国内研究では、過去3シーズン以内に接種歴があると、どの局所反応も起こりやすく(調整オッズ比3.6〜5.4)、3歳以上で3シーズン続けて接種してきたお子さんは、腫れのリスクが接種歴のない子の9.8倍でした(※2)。「去年より腫れた」は、成長と接種の積み重ねでよく見られる現象です。
では高齢者施設での接種ではどうでしょうか。高齢者では、接種後に血液中に出る炎症物質が少ないことが示されており、特に発熱の報告が少ない傾向があります(※4)。施設入所の65歳以上を対象とした国内調査では、注射部位の赤み13.3%、腫れ4.5%、発熱0.8%でした(※1)。調べ方が異なるため単純比較はできませんが、「子ども〜働き盛りの大人で腕が腫れやすく、高齢者では穏やか」という傾向は、ほかのワクチンでも見られます。たとえばプレベナー20を同じ筋肉注射で接種した試験では、注射部位の痛みは18〜49歳で81.2%、50〜59歳で72.5%、60歳以上で55.4%でした(※3)。
毎年腫れるのは「体質」?
体質の差も一部ありますが、それだけではありません。いちばん大きいのは、先に述べた「免疫の記憶」です。インフルエンザワクチンには毎年似た抗原が含まれるため、過去の接種や感染で記憶を持った免疫細胞が注射部位にすばやく集まり、炎症が強めに出ると考えられています。ただし、詳しい仕組みはまだ十分に解明されていません(※2, ※4)。
体質としては、成人では女性のほうが注射部位の反応が多い傾向が知られています(※4)。幼児では男女差は見られませんでした(※2)。また、細い針を使うと局所反応がやや増えるという国内データもあり、打ち方によっても反応の出方は変わります(※2, ※4)。
大切なのは、これがアレルギーとは別の反応だということです。国内研究では、アレルギー歴のある子のほうがむしろ腫れは少ない結果でした(※2)。また「よく腫れる=よく効いている」という考えも、個人単位では裏付けられていません(※4)。腫れても腫れなくても、ワクチンの効果を心配する必要はありません。
フルミスト(鼻のワクチン)だと、どうなる?
フルミストは、弱毒化した生きたインフルエンザウイルスを鼻の中に噴霧するワクチンです(※5)。ウイルスが鼻の粘膜で少し増えることで免疫がつく仕組みのため、副反応も鼻やのどに出ます。
国内の臨床試験(2〜18歳)では、鼻づまり・鼻水が59.2%、せき27.8%、のどの痛み17.9%、頭痛11.2%でした(※5)。注射のような腕の腫れはない代わりに、「数日、軽い鼻かぜのような症状が出ることがある」と考えておくとよいでしょう。発熱は添付文書で「1〜10%未満」に分類されています(※5)。
皮下注射の小児の発熱は「0.1〜5%未満」(※1)なので、数字の幅だけを見るとフルミストのほうがやや多めの分類です。ただし、国内で両者を同じ条件で直接比べた試験の発熱データは、今回確認できませんでした。どちらも「高い熱が続くワクチン」ではない、というのが現時点で言える範囲です。
なお、フルミスト接種後に解熱剤を使う場合は、アセトアミノフェンを選んでください。アスピリンなどのサリチル酸系、ジクロフェナク、メフェナム酸は、併用に注意が必要な薬とされています(※5)。
筋肉注射なら、腫れは減るのか
結論からいうと、「筋肉注射のほうが腕の腫れや赤みは少ない」というのは、医学的に筋の通った話です。
海外では、生ワクチン以外の多くのワクチンが筋肉注射で行われています。日本小児科学会は、筋肉注射は皮下注射に比べて局所反応が少なく、免疫のつき方は同等かそれ以上であるとしています(※6)。その理由のひとつとして、筋肉は皮膚や皮下組織に比べて痛みを感じる神経が少ないことが挙げられています(※4)。また、皮下は皮膚に近い浅い場所なので、炎症による赤みや腫れが表に出て目立ちやすいのです。
実際のデータもあります。国内の65歳以上を対象に、同じ高用量インフルエンザワクチンを筋肉注射と皮下注射で比べた試験では、注射部位反応が筋肉注射で41.7%、皮下注射で66.7%でした(※7, ※8)。乳児のプレベナー20では、1回目接種後の赤みが皮下78.2%に対し筋肉37.3%、腫れが68.4%に対し28.6%と、筋肉注射でほぼ半分以下でした(※3)。一方で、発熱は皮下9.8%、筋肉9.7%とほとんど変わりませんでした(※3)。つまり接種方法で変わるのは主に「腕の反応」で、「体温」ではありません。
ただし、日本の標準ワクチンは「皮下注射」で承認されています
ここが実務上の大事なポイントです。国内で子どもや一般成人に使われている標準量のインフルエンザHAワクチンは、添付文書上「皮下に注射する」と定められています(※1)。筋肉注射が承認されているインフルエンザワクチンは、60歳以上を対象とした高用量ワクチン(エフルエルダ)のみです(※8)。日本小児科学会は、不活化ワクチンについて筋肉注射も可能とする記載を添付文書に加えるよう要望してきましたが(※6)、インフルエンザHAワクチンは現時点で皮下のみの承認です。
お子さんのインフルエンザワクチンは任意接種のため、万一の重い健康被害はPMDAの医薬品副作用被害救済制度の対象になります。この制度でいう「適正な使用」とは、添付文書の用法・用量などに従った使用が基本とされています(※9)。当院では、筋肉注射の利点を理解したうえで、現時点では添付文書どおり皮下注射で行っています。承認内容が変われば、あらためてお知らせします。
ご家庭でできること
- 赤み・腫れ・熱感は一過性で、高齢者の臨床試験では多くが接種後3日以内に出て7日以内に消えています(※8)。気になるときは保冷剤をタオルで包んで冷やすと楽になります(※4)。
- 痛みや発熱でつらいときは、解熱鎮痛薬を使ってかまいません。症状が出てから使う分には、ワクチンの効果への影響は見られていません(※4)。予防目的で接種前に飲ませる必要はありません。
- 接種当日は激しい運動を避け、注射部位を清潔に保ってください(※1)。
- 「去年腫れたから今年はやめる」必要はありません。腫れた範囲や日数をメモ・写真で残し、次回の接種時に見せていただくと判断がしやすくなります。
インフルエンザの皮下注射で腕が赤く腫れて熱をもつのは、ワクチンに対する正常な免疫反応が、皮膚に近い浅い場所で起きているためです。幼児期以降の年齢と、毎年の接種の積み重ねで反応は大きくなりやすい一方、体温が上がる「発熱」はまれです。フルミストでは腕の代わりに鼻かぜのような症状が出ます。筋肉注射は腕の反応を減らす理にかなった方法ですが、国内の標準ワクチンは現時点で皮下注射での承認です。腫れは冷やして様子を見て、「広がる・強くなる・全身症状がある」ときにご相談ください。
参考文献
※1 一般財団法人阪大微生物病研究会. フルービックHAシリンジ(インフルエンザHAワクチン)電子添文. 2026年7月改訂(第10版). https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/630144_631340FG1040_1_31
※2 Okada C, Fujieda M, Fukushima W, et al. Reactogenicity of trivalent inactivated influenza vaccine in young children: Pronounced reactions by previous successive vaccinations. Vaccine. 2015;33(30):3586-91. PMID: 26044492
※3 ファイザー株式会社. プレベナー20水性懸濁注 電子添文. 2026年8月改訂(第3版). https://labeling.pfizer.com/ShowLabeling.aspx?id=20470
※4 Hervé C, Laupèze B, Del Giudice G, Didierlaurent AM, Tavares Da Silva F. The how’s and what’s of vaccine reactogenicity. NPJ Vaccines. 2019;4:39. PMID: 31583123
※5 第一三共株式会社. フルミスト点鼻液 電子添文. 2026年8月改訂(第6版). https://www.pmda.go.jp/PmdaSearch/iyakuDetail/430574_631370AR1026_1_06
※6 日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会. 小児に対するワクチンの筋肉内接種法について(改訂第3版). 2024年4月. https://www.jpeds.or.jp/uploads/files/20240401_kinchu.pdf
※7 Sanchez L, Matsuoka O, Inoue S, et al. Immunogenicity and safety of high-dose quadrivalent influenza vaccine in Japanese adults ≥65 years of age: a randomized controlled clinical trial. Hum Vaccin Immunother. 2020;16(4):858-866. PMID: 31634025
※8 国立健康危機管理研究機構 国立感染症研究所. 高齢者に対するインフルエンザワクチン ファクトシート. 2025年10月22日. https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001583663.pdf
※9 独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA). 医薬品副作用被害救済制度に関するQ&A(Q2「適正な使用」). https://www.pmda.go.jp/relief-services/adr-sufferers/0034.html

