コラムcolumn
感染症, 院長より

ジフテリアとはどんな病気か -オーストラリアの流行から考える、三種混合ワクチンの意味-

「ジフテリア」という病名を、日常診療で意識する機会はほとんどありません。

日本では1999年を最後に、ジフテリアの患者は報告されていません。いま子育てをしている保護者の方の多くにとっては、「聞いたことはあるけれど、実際には見たことがない病気」だと思います。

しかし、2026年5月現在、オーストラリアではジフテリアの大きなアウトブレイクが起きています。主にNorthern TerritoryやWestern Australiaの遠隔地域で発生しており、都市部を含むオーストラリア全体で均一に広がっているわけではありません。それでも、これまでほとんど見られなくなっていた病気が、実際に再び広がり、死亡例まで出ていることは重要です。

ジフテリアは、ジフテリア菌という細菌によって起こる感染症です。特に問題になるのは、菌そのものよりも、菌が作る「毒素」です。この毒素が、のどや気道だけでなく、心臓や神経にも影響を及ぼすことがあります。

典型的には、発熱、のどの痛み、飲み込みにくさ、だるさなど、最初はかぜのように始まります。その後、のどの奥に灰白色の膜のようなものができ、呼吸が苦しくなったり、首が腫れたりすることがあります。重症になると、心筋炎、神経麻痺、呼吸障害を起こし、命に関わります。

また、ジフテリアには皮膚に感染するタイプもあります。今回のオーストラリアの流行でも、のどに症状が出る呼吸器ジフテリアだけでなく、皮膚ジフテリアが多く含まれています。皮膚のジフテリアは、呼吸器ジフテリアほど重症化しにくいこともありますが、菌が地域の中で広がるきっかけになります。

日本では、かつてジフテリアは非常に重要な感染症でした。戦後間もない時期には、年間8万人以上の患者が発生し、そのうち約1割が亡くなっていたとされています。現在の日本でほとんど見られないのは、病気そのものが自然に消えたからではありません。ワクチン接種が社会に広く行き渡った結果、流行が抑え込まれていると考えるべきです。

現在、日本の乳幼児期の定期接種では、ジフテリアは5種混合ワクチンに含まれています。5種混合ワクチンは、ジフテリア、百日せき、破傷風、ポリオ、Hib感染症をまとめて予防するワクチンです。さらに、11歳以上13歳未満では、ジフテリアと破傷風を含む2種混合ワクチンが定期接種として行われています。

一方で、三種混合ワクチンは、ジフテリア、百日せき、破傷風を予防するワクチンです。日本では、乳幼児期の基本接種は5種混合が中心になっていますが、就学前や11〜12歳ごろの追加接種として三種混合ワクチンが検討されることがあります。特に百日せき対策として語られることが多いワクチンですが、ジフテリアと破傷風の免疫を保つ意味もあります。

今回のオーストラリアの流行から学ぶべきことは、「日本では出ていないから、もう気にしなくてよい」という話ではない、ということです。

ワクチンで抑えられている病気は、見えなくなります。見えなくなると、「本当に必要なのか」と思われやすくなります。しかし、接種率が下がったり、追加接種が行き届かない集団が生まれたりすると、かつての病気は再び姿を現します。

今回の流行は、先住民コミュニティを中心に起きています。ただし、これを単純に「ワクチンを拒否した人たちの問題」とだけ捉えるのは適切ではありません。遠隔地で医療にアクセスしにくいこと、成人の追加接種が十分に行き届いていなかったこと、過密な住環境、歴史的な医療不信など、複数の要因が重なっています。

それでも、教訓は明確です。ジフテリアはワクチンで予防できる病気です。そして、ワクチンで予防できる病気は、接種が続いている間は見えにくくなりますが、免疫のすき間ができると再び流行します。

同じようなことは、海外のワクチン接種率が低い共同体でも繰り返し報告されています。たとえば米国のアーミッシュの一部地域では、麻疹や百日せきなど、ワクチンで予防できる病気の集団発生が起きています。これは特定の文化や集団を責めるための話ではありません。どの社会でも、ワクチンで守られている病気は、接種率が下がると戻ってくる、という公衆衛生上の事実を示しています。

日本でジフテリアがほとんど発生していないのは、偶然ではありません。乳幼児期からの定期接種が続けられてきたからです。

見えなくなった病気ほど、ワクチンの価値は実感しにくくなります。しかし、見えないのは「存在しない」からではなく、「防げている」からです。

オーストラリアで起きている今回の事態は、とても残念な出来事です。特に、ワクチンや医療に届きにくい地域で、予防できる病気によって重症者や死亡者が出ていることは、重く受け止める必要があります。

一方で、私たちにとっては、改めてワクチンの意味を考える機会でもあります。

三種混合ワクチン、5種混合ワクチン、2種混合ワクチン。名前は少し複雑ですが、共通しているのは、「かつて子どもたちの命を奪っていた病気を、いまも静かに防ぎ続けている」ということです。

ワクチンは、打った瞬間にありがたみが見えにくい医療です。けれど、社会の中で接種が続くことで、ジフテリアのような病気を「見なくてすむ状態」に保っています。

今回のニュースを、不安をあおる話としてではなく、これまで続けてきた予防接種の大切さを確認する機会にしていただければと思います。

参考リンク

  1. Australian Centre for Disease Control
    Diphtheria outbreak update
    https://www.cdc.gov.au/newsroom/news-and-articles/diphtheria-outbreak-update
  2. Australian Government Department of Health, Disability and Ageing
    Press conference with Minister Butler, Canberra – 28 May 2026
    https://www.health.gov.au/ministers/the-hon-mark-butler-mp/media/press-conference-with-minister-butler-canberra-28-may-2026?language=en
  3. Australian Government Department of Health, Disability and Ageing
    $7.2 million response package to Diphtheria outbreak
    https://www.health.gov.au/ministers/the-hon-mark-butler-mp/media/72-million-response-package-to-diphtheria-outbreak?language=en
  4. 厚生労働省
    ジフテリア
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/diphtheria/index.html
  5. 厚生労働省
    5種混合ワクチン
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/yobou-sesshu/vaccine/dpt-ipv-hib/index.html
  6. 厚生労働省
    DTワクチン
    https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/yobou-sesshu/vaccine/dt/index.html
  7. WHO
    Diphtheria
    https://www.who.int/news-room/fact-sheets/detail/diphtheria
  8. CDC MMWR
    Pertussis Outbreak in an Amish Community — Kent County, Delaware, September 2004–February 2005
    https://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5530a1.htm
  9. Gastañaduy PA, et al.
    A Measles Outbreak in an Underimmunized Amish Community in Ohio. N Engl J Med. 2016.
    https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27705270/