コラムcolumn
感染症, 病気の話

夏のかぜは「熱だけ」のことがある ― 咳が出ないのはどうして?

お子さんが急に熱を出したのに、咳も鼻水もほとんどない。「かぜなら咳が出るはずなのに、熱だけというのは何か別の病気では」と心配になって受診される方は、夏になると少なくありません。実際、夏のかぜは「発熱が主役で、呼吸器の症状は控えめ」という形をとることがしばしばあります。この感覚そのものは、ウイルスの季節性という観点からある程度説明できます。今回は、なぜ夏のかぜは熱だけのことがあるのか、そして家庭でどこを見ていけばよいのかを整理します。

夏と冬では、流行するウイルスそのものが入れ替わる

「かぜ」とひとことで言っても、その原因になるウイルスは一種類ではありません。そして、季節によって主役になるウイルスが入れ替わります。冬に多いインフルエンザやRSウイルス、ふつうのかぜ(ライノウイルスなど)は、咳・鼻水・鼻づまりといった呼吸器の症状を中心に起こします。一方で、夏に増えるのはエンテロウイルス(コクサッキーウイルスやエコーウイルスなどの仲間)です。

日本の長期サーベイランスでも、エンテロウイルスによる夏の流行ははっきりしています。全国調査では、エンテロウイルスによる無菌性髄膜炎は毎年夏に増え、ピークはおおむね7月であったと報告されています(※1)。エンテロウイルスは気温とともに増える傾向があり、中国・広州の研究では、気温が1℃上がるごとに手足口病の週あたり患者数が1.86%増えた(95%信頼区間 0.92〜2.81%)と数値で示されています(※2)。暑くなると増えるウイルスである、という点が、季節が変わると流行も入れ替わる背景にあります。

夏のエンテロウイルスは「発熱が主役」になりやすい

では、なぜ夏のかぜは熱だけのことがあるのか。これは、夏に流行するエンテロウイルスの体の中での振る舞いに関係します。冬のかぜウイルスは、鼻やのど、気管支といった呼吸器の粘膜で増えて症状を出します。これに対してエンテロウイルスは、もともと腸の粘膜で増えて全身に広がる性質をもつ仲間で、呼吸器に限らず全身に影響を及ぼします。そのため、咳や鼻水よりも、まず「発熱そのもの」が前面に出てくることがあるのです。

アジアの研究は、この臨床像を一貫して示しています。韓国で2008年に流行したエコーウイルス6型・30型のアウトブレイクでは、6〜7月の短い期間に患者が集中し、主な症状は発熱・頭痛・嘔吐・首のこわばりで、咳などのかぜ症状は一部の患者に見られたにとどまりました(※3)。日本でも、生後間もない乳児の発熱を調べた研究で、夏に検出されるエンテロウイルスやパレコウイルスでは、発熱が最も多い所見である一方、呼吸器症状の頻度は高くなかったことが報告されています(※4)。「熱は出るが咳は目立たない」という形が、データの上でも繰り返し確認されているわけです。

もうひとつ、夏にアジアで特に多いのが手足口病やヘルパンギーナです。これらも原因はエンテロウイルスで、発熱に加えて口の中の痛みや手足の発疹が中心となり、咳が主役になることはあまりありません。中国全土の大規模な調査では、手足口病は北部では毎年6月に、南部では5月と9〜10月にピークを迎えると報告されています(※5)。夏に「熱と、のど・口・手足の症状」で受診されるお子さんが増えるのは、こうした流行の反映でもあります。

夏のかぜに「お腹の症状」が混じるのはなぜか

ここまで「夏のかぜは咳が少ない」という話をしてきましたが、実際の診察では、もう一つよく経験するパターンがあります。それは「かぜの症状に、吐き気や下痢といったお腹の症状が一緒に出てくる」ものと、さらには「咳も鼻水もなく、発熱とお腹の症状だけ」というものです。これも、原因となるエンテロウイルスの性質から説明できます。

エンテロウイルスという名前の「エンテロ(entero)」は、もともと「腸の」という意味です。この仲間のウイルスは、口から入って腸の粘膜で増え、そこから全身に広がっていくという感染の仕方をすることから、この名前がつけられています(※6, ※7)。冬のかぜウイルスが主に鼻やのどで増えるのに対し、エンテロウイルスは腸を足場にする。だからこそ、症状として消化器のサインが出てきやすいのです。

実際、夏に多いコクサッキーウイルスB群の感染では、発熱・だるさ・体の痛みといった症状に加えて、吐き気・嘔吐・下痢・腹痛といったお腹の症状が、初期の代表的な症状の一つとして挙げられています(※7)。つまり、これらは「かぜとは別に胃腸炎も起こした」のではなく、一つのウイルス感染の中で呼吸器の症状とお腹の症状が同時に現れている、と考えると整理しやすくなります。咳や鼻水がはっきりしないまま、熱と嘔吐・下痢だけが前面に出ることもあり、その場合は一見すると「いわゆる胃腸炎」と区別がつきにくいこともあります。

ご家庭で見ていただく上で大切なのは、「これはかぜなのか、胃腸炎なのか」という名前の区別そのものよりも、お腹の症状が出たときに脱水を防げているか、という点です。嘔吐や下痢があると体から失われる水分が増えるため、夏の発熱に消化器症状が重なるときは、特に水分のとり方に気を配ってください。具体的な見方は次の項でまとめます。

季節ごとの違いを整理すると

夏に多いかぜ

主に流行するのは、エンテロウイルス(コクサッキーウイルス、エコーウイルスなど)やパレコウイルスです。発熱が前面に出やすく、のどの症状や発疹を伴うことはありますが、咳や鼻水は目立ちにくいことがあります。

冬に多いかぜ

主に流行するのは、インフルエンザ、RSウイルス、ふつうのかぜ(ライノウイルスなど)です。咳・鼻水・鼻づまり・のどの痛みといった呼吸器の症状が前面に出やすいのが特徴です。

もちろん、これは「夏のかぜには必ず咳が出ない」という意味ではありません。夏に流行するエンテロウイルスの中にも、エンテロウイルスD68のように呼吸器症状を主体とするものが知られています。あくまで「夏は発熱主体のかぜが相対的に増えやすい」という傾向としてとらえてください。

熱だけのとき、家庭でどこを見ればよいか

原因のウイルスが何であれ、家庭での見守りで大切なのは「ウイルスの名前」ではなく「お子さんの全身の状態」です。熱の高さそのものよりも、次のような点を見ていただくと判断の助けになります。

  • 水分がとれているか、おしっこが半日以上出ているか(脱水のサイン)
  • 熱が下がっているタイミングで、機嫌よく遊んだり笑ったりできるか
  • ぐったりして反応が乏しくないか、呼びかけへの反応がいつもと違わないか
  • 口の中の痛みで飲み込めず、水分すらとれていないことはないか(ヘルパンギーナなどのとき)

夏は気温が高く、発熱に発汗が重なって脱水になりやすい季節です。一度にたくさん飲ませようとせず、経口補水液やお茶などを少量ずつこまめに与えるのが基本です。熱がある間は薄着にして、室温を快適に保ってあげてください。

受診を急いだほうがよい目安

熱だけで全身状態が保たれている場合は、あわてて夜間や休日に駆け込む必要はないことが多いです。一方で、次のような様子があるときは、時間帯を問わず早めの受診をおすすめします。

  • 水分がとれず、半日以上おしっこが出ていない
  • 嘔吐や下痢を繰り返し、水分を口にしてもそのたびに吐いてしまう
  • ぐったりして元気がなく、熱が下がっても機嫌が戻らない
  • けいれんを起こした、または意識がぼんやりしている
  • 呼吸が速い・苦しそう、肩で息をしている
  • 生後3か月未満で38℃以上の発熱がある

特に最後の「生後3か月未満の発熱」は、夏のエンテロウイルス・パレコウイルス感染でも全身に広がることがあり、月齢が低いほど慎重な対応が必要です。この月齢で発熱したときは、症状が熱だけであっても早めにご相談ください。

まとめ

夏のかぜが「咳は少なく、熱だけ」という形をとりやすいのは、夏に流行するエンテロウイルスが、呼吸器よりも全身の発熱として現れやすいという性質によるものです。アジアのデータでも、この傾向は繰り返し確認されています。ですから、咳や鼻水がないからといって「かぜではない別の重い病気」とすぐに結びつける必要はありません。大切なのは、熱の数字よりも、水分がとれているか・機嫌はどうか・ぐったりしていないか、という全身の状態を見ていくことです。判断に迷うとき、特に低月齢のお子さんやぐったりした様子が続くときは、遠慮なく当院にご相談ください。

参考文献

※1 Yamashita K, et al. Enteroviral aseptic meningitis in Japan, 1981-1991. A report of the National Epidemiological Surveillance of Infectious Agents in Japan. Jpn J Med Sci Biol. 1992;45(3):151-161. PMID: 1337925

※2 Huang Y, et al. Effect of meteorological variables on the incidence of hand, foot, and mouth disease in children: a time-series analysis in Guangzhou, China. BMC Infect Dis. 2013;13:134. PMID: 23497074

※3 Kim HJ, et al. Epidemics of viral meningitis caused by echovirus 6 and 30 in Korea in 2008. Virol J. 2012;9:38. PMID: 22336050

※4 Sano K, et al. Prevalence and characteristics of human parechovirus and enterovirus infection in febrile infants. Pediatr Int. 2018;60(2):142-147. PMID: 29205679

※5 Xing W, et al. Hand, foot, and mouth disease in China, 2008-12: an epidemiological study. Lancet Infect Dis. 2014;14(4):308-318. PMID: 24485991

※6 Sinclair W, Omar M. Enterovirus. StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2023. PMID: 32966001

※7 Tariq N, Kyriakopoulos C. Group B Coxsackie Virus. StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2023. PMID: 32809618