赤ちゃんのRSウイルス予防、公費導入をどう考える?
効果・費用対効果と、小児科医の責任
「赤ちゃんへのRSウイルス予防薬が、公費で受けられるようになるのですか」「妊娠中のワクチンがあるのに、なぜ赤ちゃんへの注射も必要なのですか」。2026年10月22日に、予防接種について専門家が科学的に評価する厚労省の会議(ワクチン評価に関する小委員会)が開かれたことを受け、赤ちゃんへ抗体を直接届ける予防薬の公費化に向けた動きが報じられました。(※1)
入院を減らせることは歓迎します。そのうえで、公費でどの範囲へ届けるのが適切かは、もう一段考える必要があります。すでに妊娠中のワクチンによる予防が始まった現在、さらに何を追加すれば、どれだけ子どもの健康を守れるのでしょうか。
このコラムでは、すでにある母子免疫の意義を確認し、QALY・ICERという医療経済のものさしを使って、今回の結果を読みます。そして、小児科医として、公費導入にどのような根拠と説明を求めたいかを考えます。
なぜ、RSウイルスの予防が必要なのでしょうか
RSウイルス(Respiratory Syncytial Virus:RSV)感染症は、軽いかぜの症状で済むこともあれば、細気管支炎や肺炎を起こすこともあります。特に生まれて間もない赤ちゃんでは、呼吸や哺乳が難しくなり、酸素投与や点滴などのために入院が必要になることがあります。(※2・参考資料1 p.4〜5、※3)
早産や持病のある赤ちゃんは重症化に注意が必要ですが、入院するのはそうした子どもだけではありません。国内のファクトシートも、入院児には基礎疾患のない児が多いことを示しています。健康に生まれた赤ちゃんも含めて予防を考えることには、このような背景があります。(※2・参考資料1 p.5、8)
入院を減らせれば、赤ちゃんのつらさだけでなく、家族の付き添いや生活への影響も減らせる可能性があります。小児科医として、予防の選択肢が増えることは歓迎します。そのうえで、どの方法を、誰に、どれくらいの費用で届けるのが適切かを考える必要があります。
まず、すでにあるアブリスボの意義を確認します
アブリスボは、妊婦さんに接種し、母体から胎盤を通じて赤ちゃんへ抗体を渡す母子免疫ワクチンです。胎児や乳幼児に直接接種するものではありません。日本では2026年4月から、国が費用を負担して決まった時期に受けられる予防接種(定期接種)となっています。効果や安全性の詳しい説明は、当院の関連コラムをご覧ください。(※2)
dominantとは、「接種を広めた方が、全体の医療費も下がる」という結果です
会議資料に再掲された2025年の分析では、アブリスボを導入する方針は、当時の比較対照より費用が下がり、健康上の利益も増える「優位(dominant、ドミナント)」という結果でした。(※4 p.42)
平たくいえば、「対象の妊婦さんに接種を広めた方が、赤ちゃんの病気を減らせるうえに、予防にかかる費用を含めても、トータルの医療費が安くなる」という推計です。注射の費用は増えても、その後の受診や入院などの費用がそれ以上に減る、ということです。(※4 p.42)
もちろん、接種率や価格、予防効果などに一定の仮定を置いたモデル分析です。現実の医療費が必ず同じだけ下がるという保証ではありません。
別の国内モデル研究(Hoshi 2026、※5)では、季節性の母子免疫を何もしない場合と比べると、健康な1年(1 QALY。意味は次の章で説明します)を追加で得るのに約323万円かかり、治療費は減るものの接種費用を相殺しきれない結果でした。
同じ母子免疫でも、接種率や価格などの置き方で、dominantにも、費用が増える結果にもなります。それでも、健康上の利益を増やしながら費用も減らせるという結果は、公費で予防を進めるうえで重要な根拠になります。
そのような母子免疫がすでにある中で、さらに赤ちゃんへの抗体製剤を公費で広げる意義はどこにあるのか。今回、検討すべき出発点はここです。
出生後に抗体を直接届ける、もう一つの予防法があります
今回議論されているのは、ベイフォータス(ニルセビマブ)とエヌフロンシア(クレスロビマブ)です。どちらも、RSウイルスに働くできあがった抗体を赤ちゃんへ注射する予防薬です。赤ちゃん自身に抗体を作ってもらうワクチンとは仕組みが異なり、補った抗体は少しずつ減るため、原則として流行期ごとに1回の投与で予防します。すでに発症した感染症を治療する薬ではありません。(※6、7)
ベイフォータスはすでに使われている薬で、従来は早産で生まれたお子さんなど、添付文書で定められた重症化リスクのある子どもに健康保険が使えます。エヌフロンシアは2026年8月に発売された新しい薬で、現在は健康保険が使えず、自費診療です。どちらも、初めての流行期を迎える健康な赤ちゃんが承認の対象に含まれます。(※6、7)
どちらも臨床試験で入院を減らす効果が示され、それを受けて承認され、今回、公費の対象にするかどうかの議論に上がりました。(※8、9)
「よく効く薬」と「公費で広く使う薬」の間には、もう一つの問いがあります
入院を減らす効果があっても、すべての赤ちゃんに公費で届けるかどうかは、効果だけでは決まりません。限られた医療費を使って、どれくらい健康を守れるのか。他の予防策と組み合わせたとき、どれくらい追加の利益があるのか。この問いを数値で考えるのが、費用対効果の分析です。(※10、11)
質調整生存年(Quality-adjusted life year:QALY)は、生きた時間と、その間の健康状態を合わせた数字で、完全に健康な1年が1 QALYです。病気で健康状態が下がる期間や、死亡で失われる時間が、その分だけ差し引かれます。人の価値に点数をつけるものではなく、病気や予防策を同じものさしで比べるための指標です。(※10)
増分費用効果比(Incremental cost-effectiveness ratio:ICER)は、新しい方針にすると増える費用を、新しく得られるQALYで割った数字です。「健康な1年を追加で得るのに、いくらかかるか」を表します。多くの人に予防を行ったときの費用と利益を合計した値で、家族がその金額を払うという意味ではありません。(※11)
日本では、一つの目安として500万円/QALYがよく使われます。2010年の国際的なインターネット調査で、日本の1 QALY当たりの支払意思額が約500万円と推計されたことが背景の一つで、医薬品の費用対効果評価制度にも、500万円/QALYを境とする通常の評価区分があります。(※12、13)
ただし、これは過去の調査結果と、保険診療の薬の価格調整のための区分です。予防接種の公費導入の合否を一律に決める基準ではありません。

今回の分析では、ベイフォータス616.5万円、エヌフロンシア579.5万円/QALYでした
2026年10月22日の資料(※14)では、1歳未満の児に抗体製剤を投与する方針を、母子免疫ワクチン導入前の「高リスク児にシナジスだけを使う方針」と比べています。シナジスは、重症化リスクのある児に流行期中、毎月注射する従来の抗体製剤です。全員が投与を受けると仮定したモデル分析で、実際に投与して得た観察結果ではありません。薬の価格にも、分析上の仮定を置いています。
ICERは、ベイフォータスが616.5万円/QALY、エヌフロンシアが579.5万円/QALYでした。(※14 p.6〜7)どちらも、500万円/QALYという目安を上回る結果です。過去の会議資料(2025年11月の取りまとめ)は、一般的な基準値として500〜600万円/QALYを挙げており、ベイフォータスはこの帯を上回り、エヌフロンシアは帯の内側に位置します。(※4 p.11)
ただし、費用対効果には大きな不確実性があります。たとえば、投与時期を基本分析より1か月ずらすだけで、ICERは約326万〜1,582万円/QALYの間で動きました。(※14 p.8)会議資料も、この値だけで採否を決めるとは書いていません。数字を絶対視することも、目安を超えた結果を説明せずに通り過ぎることも、適切ではないと考えます。

いちばん重要なのは、アブリスボ導入前との比較だという点です
この比較は、アブリスボ導入前の話です。すでにアブリスボが定期接種となった現在、知りたいのは「母子免疫がある体制に、抗体製剤を足すと、何がどれだけ変わるか」です。今回の基本分析はこの問いへ直接答える設計ではなく、資料自体も、母子免疫と抗体製剤との比較を今後の課題としています。(※14 p.9)
参考になるのが、先ほどのHoshi 2026(※5)です。会議資料に載っていた約1,064万円・約1,522万円/QALYは、この論文の結果で、いずれも何もしない場合との比較でした。(※4 p.30)
同じ論文には、母子免疫がある体制に抗体製剤を足す増分も示されています。季節性の母子免疫が約323万円/QALYで、そこへ母子免疫を受けなかった児などにだけ抗体製剤を足す戦略の増分は、約2,324万円/QALYでした。
500万円/QALYの目安を大きく上回ります。抗体製剤だけの戦略は、併用より費用が高く効果が低いため、選択肢から除外されました。
この論文は、接種率や薬剤価格などの前提が今回の会議資料の分析と異なるため、数値をそのまま並べて優劣を決めることはできません。それでも、「母子免疫がなかった時代よりよい」という結果だけで、現在の体制へ広く追加する妥当性が示されたことにはなりません。
海外では、どう扱われているのでしょうか
海外の運用も一通りではありません。厚労省の追補版には、米国・カナダでは、母体接種から14日目以降に出生した健康な乳児への抗体製剤を原則不要とする整理があります。一方、スペインのアンダルシア州は、対象の出生期間に当たる生後6か月未満の乳児へ、広くベイフォータスを提供しています。(※2・追補版 p.13、※15)
「海外でも一律にハイリスク児だけ」「広い乳児対象の制度は存在しない」とは言えません。価格・流行・既存の母子免疫制度を含めて、その国・地域ごとに読む必要があります。
予防を歓迎することと、導入を無条件に支持することは別です
私たちは小児科医です。お子さんが病気にかからず、入院を避けられる方法が増えることは歓迎します。同時に、その医療が適正かどうかを考える責任も、私たちにはあります。
今回示された結果だけでは、私たちは素直に「広く公費で導入すべきだ」と声を上げられませんでした。今回の基本分析は、母子免疫がすでにある体制への追加の価値を評価していません。
さらに、費用対効果は価格や投与時期などで大きく変わります。導入を支持するには、まだ確かめるべき問いが残っています。(※14 p.8〜9)
これは、抗体製剤で予防できることを否定する立場ではありません。必要性の高い児への個別の投与を判断することと、広い集団へ公費で届ける制度を支持することは、区別して考えています。
「子どものため」という目的があっても、どんな医療でも、どれだけ費用がかかってもよいわけではありません。小児医療の中にも、ほかに支えるべき病気の予防や治療があります。ある予防策へ人手や予算を使えば、ほかの子どもたちの医療へ振り向けられる資源にも影響します。
費用とは別に、大切にしたいことがあります。ワクチンは、体にとっては異物を入れる医療です。抗体製剤も、体の外から入れる薬です。アブリスボも含め、新しく出てきたものについて、何十年先まで安全かという問いには、発売の時点では誰も答えを出せません。これは危険だという意味ではなく、新しい医療が必ず持つ限界です。
それでも予防接種や予防薬が存在するのは、社会にとって有用だからです。だからこそ、その効果は、感情ではなく科学として、真摯に問い直されるべきだと考えます。「効果があってよかったね」で終わらせず、本当にこの効果で、この対象に、この方法で届けてよいのかを確かめ続けます。
新しいワクチンや予防薬が出ると、「打たなければいけない」という空気が生まれがちです。接種が同調圧力のようなものになってはいけませんし、そうした形で接種を勧めることは、私たちは避けたいと考えます。効果と限界を知ったうえで、各家庭が自分で決められること。それを支えることも、小児科医の責任です。
子どもを大切にするからこそ、効果だけでなく、負担、費用、代わりになる方法、誰が利益を得るのかまで確かめる。導入を求めるときにも、立ち止まるときにも、その理由を保護者と社会へ説明する。その節度と倫理観を、小児科医として持ち続けたいと考えます。
今回求めたいのは、母子免疫を含む現在の予防体制を出発点に、抗体製剤を誰へ、どの価格で、何をどれだけ改善するために届けるのかを示すことです。その説明を確かめながら、公費導入のあり方を判断していきたいと思います。
参考資料
※1 共同通信/Yahoo!ニュース(2026年10月22日配信、23日更新):RSウイルス薬、公費投与へ前進。会議後の報道として参照。
※2 厚労省:第37回ワクチン評価小委員会(2026年10月22日)。参考資料1(ファクトシート)、追補版ほか。
※4 厚労省:第37回小委員会 資料1-1。取りまとめの再掲 p.11、経済評価 p.30、2025年の母子免疫分析再掲 p.42。
※8 Zar HJ, et al. N Engl J Med. 2025;393(13):1292–1303. CLEVER試験。PMID:40961446.
※9 Munro APS, et al. Lancet Child Adolesc Health. 2025;9(6):404–412. HARMONIE180日解析。PMID:40379431.
※10 国立保健医療科学院 C2H:効果の測定方法。QALYの考え方。
※11 国立保健医療科学院 C2H:費用対効果の評価方法。比較対照とICER。
※12 Shiroiwa T, et al. Health Econ. 2010;19(4):422–437. 1 QALYに対する支払意思額の国際調査。PMID:19382128.
※13 厚労省:医薬品、医療機器及び再生医療等製品の費用対効果評価に関する取扱いについて(2026年2月13日)。ICER区分。

